第16話 慈愛パワー

 頭上に疑問符を浮かべやがって、仕方ないからこの家事マスター新川春人様が慈愛パワーについてレクチャーしてやろう。


「慈愛パワー、それは万物の全てを救う神秘の力」

「宗教臭いわね」

「だまれ、とにかくこの力に不可能はない。


 相手を慈しみ愛する事で生まれるこの力はあらゆる傷を癒し苦しみから人を解放して料理をおいしくして服のシミを抜き取り壁のカビを消滅させ子供を泣きやませ、紫外線や放射能を弾くのだ。


 俺には無理だが母さん程のお人になると、目玉商品を半額にしヤクザを改心させガン細胞を打ち消し核ミサイルや隕石をも跳ね返し、祟りや悪霊を浄化して家内安全商売繁盛交通安全」



「万能過ぎるわよっ! 何その魔法! そういう妄想は小学生までで終わらせなさいよね!」

「でも俺、子供の時にインフルエンザかかったけど母さんと一緒に寝たら一晩で完治したぞ」

「マジで!?」

「さらにこの町内に存在するボランティアサークル構成メンバーの半分は母さんに更生させられた元暴走族とヤンキーだ」

「何、あんたのお母さん金八先生?」

「いや、ただの専業主婦」


 なんだ、大麻がおもしろい顔してるぞ、そんなまるでヒョウタンから馬が出てきたような顔して固まって。


「あ、あんたの家族ってみんなそういうのできるの?」


「ああ、俺の父さんは動物園から逃げだしたライオンを一瞬で寝かしつけたし、姉さんは街中で発見した俺に抱き突く為にバイクを追い越して走ったりするからな。

ちなみに俺が母さんの服をシミ抜きする時は父さんの服の半分で終わるんだぞ、これも慈愛の力だな」


「つまりあんたのお父さんは息子からお母さんの半分しか愛されてないと」

「変な言い方をするな、母さんを父さんの二倍愛しているだけだ、ちなみに姉さんの事は一,五倍愛しているぞ」

「お父さん扱い雑ね」


「そりゃオカマに送る愛なんて血の繋がった父親じゃなきゃ持ち合わせないレベルだからな、ったく、父さんだけでも限界なのに高校入ったら泉美までまとわりついてきやがって、俺の周りにこれ以上オカマが増えなきゃいいが」


「泉美?」


 ああ、そういえばこいつ知らないんだったな。


「ほら調理実習の時俺の横にいたウエーブヘアーの奴いたろ?」

「ああ、あの凄く綺麗な子、一目見て女としての負けを認めたわ」


 頬に手をついてため息を漏らす大麻。

 うん、やっぱり気づいてなかったらしい。


「あれ男だぞ」

「うえ!? おと、男!?」


 大麻の顔がかつてないほどおもしろい事になっている。

 人間の目ってこんなに大きく開くもんなんだな。


「おとこ……あれが、おと……おとこ…………」


 ああ、また魂がどっか行ってるな。


「大麻(たいま)、うちの父さんも泉美もそうだけど世の中には女より女らしい男がごろごろしてるんだぞ」


「大麻(たいま)って言うな!?」


 鋭く抉りこむ右ボディブロウ、こいつ、やはり世界を狙える。

 俺が腹を抱えてうずくまるとそこへ、


「あれ、春人、カレーできたの?」

「姉さん? お、おう、母さん達も呼んどいてくれ」

「わかった、ああそれとナプキン出しといたから洗濯よろしくねー」

「おう」

「『おう』!?」


 千秋姉がキッチンへ向かう中、なぜか大麻が俺の返答を反復する。


「ちょ、あんた今」


 爆発したように赤い顔でろれつも回らず俺を指差して震える大麻。


「へ? 姉さんの生理用布ナプキンを洗うのは昔から俺の仕事だぞ、姉さんが自分で洗うと四散するからな、小六の頃からずっと――」

「へんたぁああああああああああああああい!!」


 渾身の右ストレートが俺の顔面を打ち抜いた。


 ああ、料理だけじゃなくてしとやかさも改革しないと戸田にフラれるな。


 意識が闇に沈む前に、俺はそう確信したのだった。

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