第12話 美女お父さん
そう一歩を踏み出すと第二の家族襲来。
「あれぇ、春ちゃんその子おともだちぃ?」
舌っ足らずな喋りかたでリビングから出てきたのはうちの母、新川咲子(さきこ)なのだが、うちの母さんは顔がまあアレなせいで、
「誰この人? あんたの妹?」
「いや、母さん、今年四〇歳だ」
「なぁ!?」
深夜に出歩くと補導される母さんを前に、大麻の口があんぐりと開いて、まばたきも忘れたようだ。
「母さん、俺こいつに料理教えるから晩御飯は俺らだけで作るよ」
「そう? じゃあママはリビングにいるからできたら呼んでね」
立ち去る母。
動かない大麻。
早くキッチンに行かないと教える時間が無くなるな。
なんて思いながら俺は茫然とする大麻の腕を引いてキッチンへ行ったが、すでに先客がいたようだ。
「アラ春人君、おかえりなさい、その子はお友達かしら?」
大麻の顔が光に満ちた。
キッチンでエプロンを着ている途中だったその家族は、月と太陽を合わせたような人だった。
腰まで流れる艶やかな黒髪が本人の動きに合わせて優しく揺れる。
日本人とは思えないほど白い肌は夕日をそのままに受け入れ、全身に夕陽をまとっているように見える。
長いまつげ、筋の通った鼻、大人の美しさに溢れた顔は、だが可愛らしい笑みを浮かべて、見る人の心を温かく照らしてくれる。
加えてその落ち着いた雰囲気と、涼やかな声にはこの世の誰もが川の水を連想させられる。
玲瓏(れいろう)なその姿には大麻も息を呑み、ジッと見つめるしかないようだ。
俺も家族じゃなければきっと同じ反応だったろう。
そうだ、この人を例えるなら夏の川辺だ。
空からは暑い日差しが注ぎつつ、涼しい木陰で体を休めながら足を冷たい川の水につけている。
一目でそんな気分にさせてくれる。
「晩飯はこいつに料理教えながら俺が作るから休んでていいよ」
「じゃあ任せるわね、それと」
細い手が大麻の手を握り、輝く瞳が大麻を包む。
「春人君と仲良くしてね」
白い手、
華奢な腕、
細い肩と首筋、
大麻は自分の手を握るその人の体を視線でなぞる。
大麻よりずっと控えめな胸も、あまりにスレンダーな体にあっては、対比で十分な女性らしさを感じさせてくれる。
そんなボディラインにも見惚れてから大麻は、
「は、はい……」
零れるような声に、その人はまた表情を緩めてからキッチンを後にした。
頬を紅潮させた大麻の口から「はぁ」と息が漏れた。
「きれい……今のもあんたのお姉さん?」
魂の抜けかかった顔の大麻。
だが俺はそんな彼女に教えてあげなくてはならない、
「違うんだ大麻」
「じゃあ従姉(いとこ)?」
違うんだ大麻、あの人は……
「俺の父さんだ」
「そうなんだ、あんたのお父さ…………………………」
魂が抜けること五秒、大麻はギリギリと音を立てるように首を回した。
「へ? お父さん?」
そのとおり。
「あれは俺のお父さんで自称新川ヨシコ、本名吉木(よしき)四〇歳だ」
「!!?ッッッッッ~~~~!!!???」
おお、この世の終わりのような顔だなこいつ。
「子供の頃から母さんに女装させられてたんだけど五年前にとうとう目覚めちゃったらしくてよ。
まあ仕事はホテルのレストランでコックしてるから接客業じゃないし問題ないけど俺は苦労したぜ。
参観日なんか、母さんや姉さんと一緒に三人でくるもんだから、おっとこれ以上言うとトラウマが……しっかし父さんと泉美が出会うとどんな化学反応が起こるのかが本当に心配で」
とかなんとか言っても聞いちゃいねー、大麻は口から煙を出しながら壊れたロボットのようにガタガタと震えている。
「息を吹き返すまでに準備済ませるか」
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