第8話 女番長に呼び出された



 放課後、俺は加奈子と泉美と一緒に玄関へ向かいながら頭を抱えたい気持ちだった。

 とにもかくにも今は大麻の視線を俺から外す方法を早急に考えなくてはならない。


 どうして大麻が俺を睨んでくるのかは分からないが、俺達は今日会ったばかり、きっと何か誤解をしているんだ。


 例えば誰かから、


『Fクラスの新川って奴がお前の悪口を言ってたぞ』

 と聞いたとか。


 その誤解さえ解けばきっと俺は標的からはずされ平穏な学園生活を……加奈子と泉美がいるから無理だろうけどいくらかはマシになるはずだ。


 だが相手は歩く自然災害とまで言われるモンスタークイーン、俺の矮小な命なんて蛇口をひねる位(くらい)簡単に摘み取れるだろう。


 時間は無い、家に帰り次第すぐ対策を練るぞ!

 そう決意して俺は下駄箱を開けた。


 新川へ

   屋上に来い

       大麻弥生より


 デッドエンド

 終わった。

 俺の人生はもう終わったんだ。

 たった一枚のメッセージカードを見ただけで全身の細胞が涙を流した。

 どうせなら美少女からの可愛い封筒に入ったラブレターが良かった。

 なのにどうしてこんな戦争召集令状(あかがみ)が……


「なにこれ? げっ、大麻から」

「ダーリン大麻に何したの?」

「なにもしてねーよ……」


 ああ、今からでも姉さん呼ぶべきか、千秋姉なら相手がガメラでもゴジラでも瞬殺だろうけど……ダメだよな、相手は地上最強の生物。


 千秋姉は年中俺の貞操を狙う危険人物だが仮にも血のつながった家族、わが身可愛さに身内を差し出したとなれば俺は将来地獄行きだぜ。


 ならどうするか、俺の脳内では先人達の頼もしい名言が浮かんだ。



 逃げるが勝ち



「無視だ無視、さっさと帰るぞ」


 証拠隠滅に家でシュレッダーでもかけるかと白い簡素なメッセージカードをポケットにしまおうと下駄箱から取りだすと裏面に、



 来なかったら殺す



「俺ちょっと屋上行ってくるわ」

「「変わり身早っ!!?」」


 やっぱり人の呼び出しを無視するなんて良識ある人間のやる事じゃねーよな、さあ大麻、俺は超特急で屋上に行くからな、命令に従うからな、行くんだから命だけは助けてくれるんだよな? 期待しちゃうぜ俺。


 あはははは、さあて期待に胸を膨らませスキップで行っちゃうぞ。


 俺は涙を流し、笑いながら屋上へと走った。


「「ま、まってよー」」


 今はうしろについてきてくれる二人を抱き締めてたくてしょうがない、そんで死ぬまで離さないからな、だから俺と一緒に死んでくれ。




 ガチャリ

 屋上へと続く地獄の門を開ける俺。


 放課後、赤い夕陽に染まるそこは、まるで燃え盛る火事場のようにも見えた。


 たかだか夕方の屋上だろ?


 なんて思うのは平凡な日常を送ってた俺なら同意だが、夕日を背負って金網の近くに立つその魔王を前にしては全ての光景が地獄絵図にしか見えない。


 炎を纏う鉄血の女帝、そんな印象に俺の心臓が締め付けられる。


「来たな」


 初めて聞く声は、静かだが重みがあり、一切のぬくもりが感じられなかった。

 死線をくぐりぬけた兵士のような、いや、小国をひねり潰す女帝のような声だった。


「そいつらは何?」

「こ、こいつらは……」


 やべ、一人で来いって意味だったか、ならちゃんとそう書いてくれよ。

 スケープゴートを二人も用意しちゃったじゃないか。

 大麻の視線は俺の背後に控える加奈子と泉美に投げられている。


「ボクは八軒(はちけん)加奈子(かなこ)! 嫁を守るのは夫の務め、春人はボクが守るよ」


 惚れるぞ加奈子王子!


「あたしは白石泉美♪ ダーリンの為ならゴジラ相手でも戦っちゃうよー♪」


 愛してるぞ泉美マン!

 二人は並んでズカズカと大麻に歩みより肩を鳴らす。

 きゃー素敵ー、そこに痺れる憧れるぅー!


「ああン?」


 音速のバックステップ。


 大麻の一睨みで、二人は世界を狙える跳躍力で大麻の目の前から俺の背後まで跳ぶと慌ててまくしたてる。


「じゃあ春人、二人の時間を邪魔しちゃ悪いしボクは帰るよ、大丈夫、おばさんには春人は最後まで勇敢に戦ったって言っておくよ!」


 え?


「ダーリンだけに用事があるんじゃしょうがないよね、ダーリンの伝説はあたしが語り継ぐから安心してね!」


 ちょっ!


「「じゃ」」


 おい!

 バタン ガチャ ズダダダダダダッ


 地獄に堕ちろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!


 屋上のドアへ手を伸ばしても足音は遠ざかるばかり、ちっくしょう、あいつら絶対に俺の手で、


「何やってるんだお前?」


 ぐあっ! 地獄に落ちるのは俺か!?


 振り返ればそこには死亡フラグ。

 フラグが歩いてくる。


 大麻が一歩近づくごとに床に蜘蛛の巣状にヒビが入った。(ような気がした)

 大麻との距離が縮まるほど背後の空間が歪んでいく。(ように見える)

 高校生になったばかりの女子高生の背後にRPGに出てきそうな魔王(の幻覚)が見える。


 そうして、ついに現代の魔王、大麻は俺の目と鼻の先に立って俺の目をガン見してくる。


 やっぱ背高えなこいつ。

 実際には俺のほうがいくらか高いけど見上げられてる感じがしない。


 少しでも見上げられてるのに見下ろされてる気分になるのは、大麻の孕む迫力のせいだろう。


 全身が冷たい炎で包まれたような感覚に襲われながら俺は大麻の顔をよく見る。


 ……やっぱり相当な美人だよな。


 年齢を考えれば不自然なくらいに綺麗過ぎる顔も、欧米人以上にメリハリのあるボディラインも、普通の男子なら一目で求婚するレベルだが、俺には求婚どころかエロイ妄想をする余力も無い。


 ああ、死ぬ前にまともな女と恋愛がしたかった。

 身内以外の女とデートしたかった。

 身内以外の女とキスがしたかった。

 身内以外の女とエロハプニングが起こって欲しかった。

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