第6話 包丁マスター
米研ぎ作業が終わって炊飯器の準備も完了。
後は焚き上がるのを待つだけだ。
続いて野菜を切る練習だが……
「ほっ」
「やっ」
「あれ硬?」
「ダーリンの逞しい包丁であたしを切り刻んでぇ」
「魔神剣!」
加奈子の手からすっぽ抜けた包丁が俺の左頬をかすめて壁に突き刺さった。
保身の為にもここはこの包丁乱舞四人組を取り抑えねば、腰をクネらせながら絡みつく泉美を蹴りつつな。
「じゃあさ、春人のアレ見せてよ、アレ」
「アレか? しょうがないなー、じゃあ一回しかやらないからちゃんと見ろよ」
俺は包丁を持つと用意されていたニンジンを一瞬で縦に切って、さらに大根を直方体に切り、そして包丁を躍らせた。
「ハイヨっ! これが半月切り、イチョウ切り、そしてたんざく、色紙、ひょうし木、さいの目切りだ!」
自分で言うのもなんだが、それは奇跡の神技だった。
俺の手と包丁はビデオの早回しのように超高速で動きながらもただの一度も切り間違う事無く、触れる野菜をカットしていく。
原型を失った大根とニンジンの代わりに今度はキュウリをつかんで奇跡再開。
「小口切り、ななめ切り、乱切り、そして最後に」
残しておいた輪切り状態の大根をつかんで、
「かつら剥(む)きでございまーっす!」
手の中で扇風機みたく回る大根はみるみる小さくなって、ついに中心部まで一度も途切れる事無く、だが削り後の大根は広げた巻物のようになる事も無く、俺の手に大根が無くなった時、さりげなく下に置いておいたガラスの大皿には大根のかつらむき、で作った白い花が咲いていた。
いつのまにかクラス中の女子がうちの班に集まり俺の演舞に魅入っている。
料理は見世物じゃないけど、俺の実力が評価されているのは気持ちがいいもんだ。
俺が自慢げに胸を張って包丁を置くと加奈子が首に手をまわしてくる。
「さっすがボクの嫁、できる女は違うよねー」
俺は男です。
「違うよダーリンはあたしのお婿さんになるんだよ♪」
逆側から首に手をまわす泉美。
そしてこの光景を見てきゃーきゃー騒ぐクラスメイト達。
お願いだから誰か俺の彼女に立候補してください。
でないと俺の貞操がマジでヤバいです。
あっ、でも加奈子は胸が当たってキモチイ、って負けるな俺!
「ッ!?」
その瞬間、俺は鋭い視線を感じて、そして気づいてしまった。
俺を取り囲む女子達の隙間の先、別の班の台所で大麻が俺の事を睨んでいる。
なんかもうその視線だけでそこらのC級ヤンキーくらいなら殺せそうな勢いに心臓がもうバクバクして嫌な汗が噴き出してきた。
なんで!?
どうして!?
俺が何かしたか!?
恐怖で床が崩れ去ったような浮遊巻に襲われて、左右から加奈子と泉美が絡みついててくれないと倒れそうだった。
「春人はボクの!」
「ダーリンはあたしの!」
もう大麻を倒してくれたほうと結婚してやるよ……
「そういえば先生、こんなに野菜切ったりご飯炊いたりしてどうするんですか?」
「放課後にうちの料理部が使うから大丈夫よ」
「今日は何作るんですか?」
「今日はね――」
遠くで聞こえる花美先生と生徒との会話に混ざりたい……
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