第5話 米研ぎマスター


 六時間目、家政科は食物(しょくもつ)の時間で調理実習の為に家庭科室に集合する。

 本来は四時間目にあるのだが先生達の都合で今日は六時間目の国語と交換されてしまった。

 て言っても今日はご飯の炊き方と野菜の切り方を習うだけで別に食べるわけじゃないからいいけど。


 昼休みの後に調理実習とか何も知らない人が聞いたらさぞ無計画な時間割りに思われるだろう。


「じゃあ先週説明した通り、各班米研ぎから作業に入ってー」


 おお、エプロン姿の花美(はなび)先生なんかイイな。

 うーんやっぱり家庭的な女性はなんとも言えない魅力がある。

 女は家庭的、これが一番だよなー、花美先生は美人だしもうしばらく鑑賞していたいけど……


「ていやー」

「おりゃー」

「米が、お米が飛ぶー」

「ダーリン、あたしの体も研いでぇーん」

「サイクロン米研ぎー!」


 班を組んだクラスメイトA、B、Cに泉美と加奈子。


 こいつらを放っておくと農家の方々に申し訳ないので腕に抱きつく泉美を振り払って俺も作業に入るか。


 まったく、米を作るには八十八の手間がかかり米一粒には七人の神様が宿っているんだぞ。


「ちょっと貸せ」


 水と生米をこれ以上四散させないように連中からボールをブン取ると、俺は量が減った米を二つのボールに分ける。


「よく見てろよ、まずボールに水を適量入れる。

 それから米同士をこすり合わせるようにして揉む、この時は指じゃなくて手の平を使うのがポイントだ。

 ただし力を入れて研ぐのはタブーだからな」


 俺の手捌きに女子達が『おぉお!』と感嘆の声を漏らす。


「でもなんで力入れちゃダメなの? その方が汚れ落ちると思うけど」


「先週先生が言ってただろ? そんなだから小中学で九年間『バ加奈子』とか言われるんだぞ」

「バカナコじゃないよ! バカな加奈子だよ!」


 バ加奈子だ。


「力を入れ過ぎると米が割れて焚いたと時にベタつくし今は精米技術が進歩してるから個人でそんなに強く研がなくてもよくなったんだよ。

 それに米研ぎは別に汚れを落としているわけじゃないぞ」


 加奈子達が首を傾げる。

 アホだ。アホの子がおる。

 俺は眉間にシワを寄せながら洗う前の米を一粒つまんで全員に見せる。


「ほらここ、縦に筋が入っているだろ?

 これは条溝って言って工場で精米した時に残ったヌカが入っていて、ヌカが残ったまま焚くとヌカ臭くなってご飯のかぐわしい香りが味わえなくなるんだよ」


『へぇ』


 お前らそれでも家政科か!?


 と怒鳴ってやりたいが無理も無い。


 一般的に家政科と言うと家事が好きな家庭的な女の子が受験すると思われがちだが、入学時の筆記試験が簡単という理由で、つまりはただ普通科に合格できる学力が無かっただけの連中も多く在籍しているのだ。


「ねえねえ、一合って何グラム?」

「さぁ」

「そうだ、ミキサー使ったら速く研げるんじゃない?」

「あったまいー」


 他の班の会話が痛い。


 こんな、米も研げない連中が今の日本人女子なのか、きっと将来生まれるであろう、こいつらの子供はコンビニ弁当の味しか知らないで育つんだろうな。


「そんで研ぎ終わったら素早く水を捨てる。いつまでも水に漬けてるとせっかく落としたヌカがまた米に吸収されちまうからな」

『へぇ』

「へぇって、お前ら米研いだ事ないのか?」

『うち無洗米』


 五人でハモりやがった。

 わざわざ高い無洗米を買ってまで料理の手間を省くとは、お前らは一生カップ麺でも食ってろ。


「じゃあ今見たのを参考にしてもう一つのボールの米を研いでくれ」


 見事とは言い難いが、それでもなんとか研ぐ女子達、さてとそれじゃあ俺はもう一回研ぐとするか。

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