第3話 幼馴染と男の娘


「だーかーらー」


 机の上に置かれたプリントを叩きながら、俺は席替えの結果、右隣になった加奈子(かなこ)を睨みつける。


「なんで朝ご飯がいきなりトンカツと牛丼になってるんだよ!」

「野菜炒めとじゃがいもコロッケもあるじゃん」

「余計だめだろ!」

「ボクの家はいつもこんな感じだけど」

「お前基準で献立作るなよ! 成人男性の一日の必要カロリー二六五〇キロカロリーって俺も先生も何回言ったと思ってるんだよ!」

「だからちゃんとホラ、計算機で三で割って八八三キロカロリーって書いたじゃん」


「これはこの献立のカロリー書くんだよ!

 お前の献立だと一食で二九二〇キロカロリーって糖尿病なるだろ!」


「すごーい、春人(はると)なんでわかったの? 超能力?」

「バカにするなよ、この世のあらゆる食材と料理のカロリーなら中二で暗記済みだ」

「なにそれ中二病?」

「ちがわい!」


 あれから俺は、加奈子の分のお弁当を作ってやる事を条件に宿題をさせる事には成功した。


 だがこの脳筋女に『宿題をする』などと高尚な事ができるはずも無く現状に至る。

 神様、あなたはこいつを作る時にもう少し頑張れなかったんですか?


「ダーリーン、あたしの宿題も見てぇ♪」


 机の上に腹からダイブ。

 『周囲の迷惑を考えろ』と言いたいが『お祭り騒ぎ』という言葉を擬人化させたようなこの女、いや男には無駄だろう。

 カビた食材を焼いても食えないのと同じだ。


「ほー、それでお前は何て書いたんだ?」

「えーっとまず鹿のペニスでしょ」

「加奈子、まず朝は米の場合は一八〇グラム二六二キロカロリーな、パンの場合は――」

「あーんダーリン無視しちゃいやぁーん、かまってかまってぇ」


 机の上に腹を乗せたまま俺の首元に抱きつく泉美。

 ああ、こいつが本物の女ならどれほど嬉しかった事か、だがこいつは野郎なので俺はアイアンクローで引き離……バカな! 引き離せない!

 加奈子よりも細いこの腕のどこにこんな腕力が!


「ぬぉおおおおおおおお!」

「うふふふふ、二人は一生離れないのよ、さあこのままあたしと新しい世界の扉を」

「ボクの嫁に手を出すな!」


 なんていうオトコ台詞、俺が女なら絶対惚れるぞ。

 そんな頼もしい言葉とともに加奈子は泉美の体を抱え、俺ごと引き抜くようにしてジャーマンスープレックスをって……あれ?


 ぐしゃ!

 カンカンカンカーン!


 どこがで誰かが試合終了のゴングを鳴らした気がする。

うん、気がするんだ。


 どうして俺がこんな目に、どうしてこんな青春を送らねばならない。


 薄れゆく意識の中、不幸の元凶を探すと高校で家庭科の教師をしている母親の年不相応な幼い笑みが浮かぶ。


『ねえねえ春人ちゃん、ママの跡継いで家庭科の先生になろうよぉ』

『俺男なんすけど』

『だってせっかく女の子産んだのに千秋ちゃんお料理全然できないんだもん』

『だからってなんで俺が……』

『とにかく決定なの! 春人ちゃんは叶恵学園の家政科を受験すること、じゃないと学費出さないから!』

『へっ! そんな事言ったって男の俺が受験できるわけが』

受験できてしまい、受かってしまった俺に高砂(たかさご)先生は言った、

『家政科に男子は入れないって規則は無いけど、そもそも男子が受験するなんて想定してなかったのよねー、まあ新川君は家政科目全部満点だったし大丈夫でしょ』

恨むぜ母さん、こうして俺の意識はフェードアウトした。




「うぅ」


 目が覚めると体が重い。

 まさか金縛り!?

 学校で金縛りとかどんな貴重体験だよ!?

 くそぉ! 気づいてくれ保健の先生!

 誰かが、誰かが俺の上にのしかかってきてるよ。


「ハァハァ ダーリンの寝顔 ハァハァ あぁダーリンの白い肌が、もお我慢できない」

「悪霊退散!」

「武林帝牙亜怒(プリティガード)♪」


 俺の右ストレートを、後ろへ飛びながら両手受けで一切のダメージを受ける事なく防ぎきる泉美。


 加奈子という泉美といい、こいつらどういう運動神経してるんだ?

 後になってから実は別の惑星から来た宇宙最強の戦闘民族とかいうオチは無しだぜ?




 その後、五分に渡る攻防戦の末、泉美を退散させて保健室から教室に戻る。


 二時間目の食物(しょくもつ)の授業は出られなかったけど、まあ家事マスターである俺に今更勉強することなんてないし三時間目の数学に間に合っただけよしとするか。

 授業中の先生に断ってから自分の席に向かうと、そこにはT字の空席があった。

窓側から二番目の俺の席を中心に、右隣の加奈子の席、あいつはサボリだ。

後ろの(退治?)した泉美の席、そして左隣は入学式からずっと空席だ。

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