第2話 さよなら俺の青春
以上回想終了。
随分と長い事説明してしまったが、そんなこんなでこの一年F組には女子三〇人、男子俺一人、第三の性別一人、計三二人の生徒が所属している。
「やっほー春人、宿題見せてー」
白紙のプリントをひらひらと揺らしながら『おはよう』も無い幼馴染にいよいよ頭痛の神が舞い降りそうだ。
ていうかいつ十円ハゲができるか心配で胃が痛む。
円形脱毛症の心配をする高校時代、そんな青春はご免こうむる。
だが、頭痛と腹痛持ちって時点ですでに俺の青春がみるみるどす黒くなっていってる気がする。
髪を短く切りそろえたボーイッシュな彼女の名前は八軒(はちけん)加奈子(かなこ)。
小学生の頃から少年野球や少年サッカーでその名をとどろかせたスポーツウーマンである。
そのくせして日焼けを知らない美肌は、俺が幼稚園の頃から毎日日焼け止めクリームを塗り込んでやったおかげだ。
元気ハツラツという言葉を擬人化したような加奈子は中学生になると徐々に男子との体力差を感じて引退……なんていうことはしないで全運動部に所属し実力はエース級、時には男子の練習にまで狩りだされる始末である。
「なにぼーっとしちゃってんのさ、いいから早く宿題しゅくだいー」
小一の頃から宿題は全て俺のをまる写し、読書感想文は俺が二冊読んで加奈子の分を書いて自由研究は俺の個人研究を九年連続で共同にしたので今更驚かないが、どうやら高校生になってもこいつの辞書に『努力』の二文字は加筆されないらしい。
俺は机から今日提出するプリントを三枚取り出しつつも今日からは絶対に自分でやるよう叩きこむ事に決めた。
「ほらよ、さっさと写せ」
言って、俺は被服2、食物、育児のプリントを渡す。
もう一度言う、家庭科のプリントではない。
被服2(洋裁(ようさい))のプリント。
食物のプリント。
育児のプリント。
計三教科分(・・・・)のプリントである。
叶恵学園一年F組家政科コース(・・・・・・)。
家庭科技術を極(きわ)めんとする女子が集まる科。
それが俺が所属するクラスだ。
耳を傾ければ、聞こえてくるのは、
「乳幼児の基本的欲求が食べる、飲む、眠る……」
「小口切り、輪切り、半月切り、いちょう切り、あとなんだっけ?」
「あんたのこれ、湯(ゆ)で時間間違ってるよ」
「ねえこれ何のマークだっけ」
「日陰つり干しでしょ」
「和裁の専門用語覚えらんない」
「着物着る機会なんてないしねー」
「フグの毒がテトロドトキシンで、ジャガイモの毒がソラニン」
「問題です、界面活性剤の構造は何と何に分かれますか?」
「親油基と親水基」
という会話だ。
クラスに男子は俺一人、もとい一,五人。
ああ、なんで俺がこんなヤクザな目に……
男で家政科って……
男で家庭科技術を極めるって……
男女平等だとか、女性の社会進出が進んでいるのは知っている。
けど男性の家庭進出が進んでいるという話は聞かない。
なのに何故俺は家政科にいるのだろうか?
それとも俺を筆頭にこれからは主夫が急増するのだろうか?
A組からE組までの普通科の男子が死ぬほど羨ましい。
『春人くん、将来は立派なお嫁さんになれるね』
なんて幼稚園の頃から言われていた人生に終止符を打って、青春溢れる高校生男子に相応しい学園生活が夢だったのに、ガチで神と仏を恨みたい……
「いやー助かった助かったー、さっすがボクの嫁はデキが違うなー」
「何言っちゃってるのさカナカナ、ダーリンはあたしのお婿さんになるんだよー♪」
現代日本で男と三本足の女が結婚することはできませんよ。
「何かってに決めてるのさ、春人はボクのお嫁さんにするんだからね!」
なんて男らしいセリフ、でも俺は男ですよ。
オトコオンナとオカマ、俺の周りはこんなんばかりだ……
しかしこれから始まる青春三年間、希望はまだまだ、
「春人はボクのお嫁さんたらボクのお嫁さんー!」
「ダーリンはあたしのお婿さんたらお婿さんー!」
さよなら俺の青春。
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