第31話 若い行商人と年配の売り子
ルーベルヴォッガ商会にて。
若い行商人と年配の売り子が商談をしていると男が一人その中に飛び込んできた。
「た、大変です」
「これはこれは、どうしましたか?」
男はルーベルヴォッガ商会クロッフィルン支店に勤めている者だった。いち早く情報を伝える為に増水する川を避け、土砂崩れで埋まったトンネルを道なき山を通るルートで迂回し二日かけてここまできた。
先客の行商人に詫びを入れると男は売り子を連れ出す。
「10日後クロッフィルンにエスニーエルト伯爵の軍が来ることが決まりました。その数約2千。大量の武具や設備が必要とのことで鉄鉱石をクロッフィルン送るよう支店長から依頼がありました」
鉄鉱石と聞いて売り子の頭にある行商人の顔が浮かんだ。
「……なるほど、鉄鉱石ならありますが、それで荷馬車は?」
「それが一昨日の大雨で途中のトンネルが崩落して、いつ来れるのかは……」
「復旧には時間がかかりそうなのですか?」
「人数を集めても一週間はかかるかと。かなり酷い状況ででした。こちらからも人を出して復旧に当たった方が……」
「10日後なら時間がありませんね。鉱山の作業員をそちらに動員しましょう」
「お願いします」
「ところで、道中4輪の荷馬車を見ませんでしたか?」
「4輪ですか?」
男は少し考える。
「そう言えばトンネルのを過ぎて丘になっている所の林で見かけました」
「……そうですか」
それを聞いて売り子は静かに微笑んだ。
話が終わると売り子は若い行商人の元へ戻る。
「フォレントさん、山越えは今後にされた方が良いかもしれませんよ?」
「それは何故ですか?ネイサンスさん」
「エスニーエルト伯爵の軍が来ることが決まりクロッフィルンで鉄鉱石の相場が上がりそうです。おそらく3倍、下手をすれば5倍以上」
「なっ……、そんな。……それじゃフロイツさんは」
商売に関してフォレントはイグのことを少しバカにしていた。今さら鉄鉱石に手を出しても絶対に儲からないと決め付けていたから。
イグのやろうとしていることが理解できなかった。
「どこで仕入れたのかはわかりませんが、まだ誰も知る由のない頃、あの方はこの情報を持っていた。くっくっくっ、もの凄い商人ですね」
フォレントは信じられないといった驚きの表情を浮かべ、ネイサンスはクツクツと嬉しそうに笑った。
「……僕にも鉄鉱石を売ってください」
「まだ相場が固まっていませんが1キロ銀貨1.5枚でいかがですか?」
ネイサンスが提示したのは平時の3倍に近い単価だった。フォレントは顎に手を当てて唸りながら少し考える。
「……ええ、……それでかまいません」
イグはウルマーク銀貨約570枚で鉄鉱石を900キロ仕入れた。仮にフォレントが900キロを仕入れようとすると銀貨1350枚が必要になる計算だ。それでもまだまだ相場が上がると読んだフォレントは鉄鉱石を仕入れることにした。
期待に瞳を輝かすも、あまりの高値に溜め息を吐くフォレントにネイサンスは胸に手を当てて言う。
「かの偉人ルーベルヴォッガは言いました。商売で成功する秘訣は3つ。それは情報と勇気、そして裁量の良い妻だと」
裁量の良い妻と聞いてフォレントは思う。大切な判断は妻任せだったのかと。偉人とはなんと滑稽なのだろうと。そしてイグがリュオに手綱を握られた姿を想像し微笑んだ。
「ふふっ、それにフロイツさんの奥様はお美しかった」
「ええそうですね。きっとヴォッガのような素晴らしい商人になりますよ」
二人は顔を見合わせて苦笑する。
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