第30話 ライライチョウをロックオン
イグがテントの外に出て最初に目に入ったのはアーゼル川だった。続いてリュオも外に出てイグの隣りに並んで立つ。
「道が無くなったね」
「ああ。……道の近くで野営していたら危なかった」
「うん」
昨日の大雨の影響で川は増水し茶色い濁流が道を飲み込んでいた。勢いよく流れる濁った水は見る者に恐怖を与える。水が澄んだ普段のアーゼル川とは別の川のようだ。
これでは進むことも戻ることもできない。
「今日はここで足止めだな」
「……朝ごはん、食べよっか?」
「ふっ、そうだな」
「えへへへ」
二人は苦笑した。こうなったら焦ってもしょうがないのだ。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
昼過ぎ。
昨日野営した林の傍でイグが荷馬車のメンテナンスをしているとオルトハーゲンに跨って草むらを走りに行ったリュオが戻って来た。
馬は毎日運動をさせなければストレスが溜まる。だからこうして乗馬をする。
まだ少し遠くにいるがリュオが上手にオルトハーゲンを乗りこなしているのが見えた。イグに向かってゆっくりと歩いている。
「イグ~!」
リュオの声にイグは手を振った。それを見て両手で手綱を握ったリュオは微笑む。
イグの元まで来るとリュオはオルトハーゲンを木に繋ぐ。
「上手いもんだな」
「コツを掴んだよ。オルは賢いね」
「ふん。俺の馬だからな」
イグは胸を張る。長く苦楽を共にした相棒は今ではリュオの言うことを良く聞く。イグはそんな二人、いや一人と一頭に嫉妬していた。
「そうだ!向こうでライライチョウを見たよ」
リュオは草原を指差す。
ライライチョウとは素早く走り低空で空を飛ぶ雉(キジ)に似た鳥だ。
「捕まえて食べようよ。美味しいよ」
「確かに美味い……美味いが無理だろう。弓矢でもあればもしかするが、ライライチョウは馬よりも早く走るし、左右不規則に逃げる。ん?何か罠を仕掛けるのか?」
「アタシが走って捕まえるよっ」
リュオは自信たっぷりに瞳を輝かせた。
「お前な、無理に決まってるだろ」
イグは呆れた様子。
ライライチョウは時速60キロで走る。人間はどんなに早くても時速40キロで走るのが限界で追い付ける訳がないのだ。
「ふふん。まぁ見てて」
そう言うと、彼女はワンピースのスカートの裾をたくし上げる。白くて細い足が露になった。
「見ててって……」
イグはそんなリュオの綺麗な足を見て頬を赤くした。
膝上15センチまで捲ったところで裾を縛って落ちないようにする。次に長い灰色の髪を巻き上げ紐で縛りポニーテールを作った。
二人は草原へ移動する。
「ほら、あそこ」
リュオが差す方向をイグは目を細め見詰める。すると草むらの上にライライチョウの頭と背中が出ているのが見えた。嘴(くちばし)で地面を掘り返し虫でも食べているのだろうか。
二人は鳥に気付かれないよう屈んで近づく。
「ほんとに走って捕まえるのか?」
イグは小声で話す。
「うん。任せて!」
「転んで怪我するなよ」
「もう!そんなに子供じゃないから」
走って捕まえるという発想自体が子供だと思うイグ。自信満々に胸を張るリュオ。
リュオは腰を落としたままライライチョウを見詰め集中する。イグには見えないが彼女は魔力を纏っていた。うっすらとした白い魔力光が全身を包んでいる。
この世界の獣族は体に魔力を纏い肉体を強化することができる。運動能力は飛躍的に向上しあり得ない力を出すことができるのだ。
リュオが草むらから飛び出すと、約50メートル先にいたライライチョウは逃げ出した。逃げる鳥をリュオの瞳がロックオンする。そしてペロリと舌嘗めずりした。
ライライチョウは早い。タッタッタッっと地面を蹴り物凄いスピードでしかも左右不規則に逃げる。
しかし驚くべきことにリュオの方が早かった。不規則に逃げる獲物の後を狩猟犬のように追従する。
距離は徐々に縮まり、あと少しのところでライライチョウは空へ飛んだ。高度約4メートルの低空飛行。リュオは草原を駆け地上から獲物を追う。
そして。飛ぶ鳥に向かってジャンプ。
「よっ!」
空中でライライチョウの首根っこをキャッチした。
イグの元に戻ったリュオは右手に掴んだライライチョウを掲げる。
「ふふんっ!ねっ?」
「お前……、凄いな……。獣族は魔力で肉体を強化できると聞いていたが……ここまでとは」
「ビッツ村にいた頃もよく捕まえたんだっ」
「鶏肉なんて久しぶりだ。……美味そうだな」
「でしょっ。ふふ、後でアタシが料理するね」
「ああ頼む。今から楽しみだ」
二人は今夜の夕食が豪華なものになり笑った。
動物は役に立つ家畜か食肉だとこの時代の人々は考えている。リュオがもし水族館や動物園に行ったら「あの魚焼いて食べたい」とか「あの動物焼いて食べたい」とか、そんなことしか言わないだろう。
その夜、二人はリュオの作った焼き鳥と鳥のスープに舌鼓を打った。
アーゼル川は一日で水位を下げ、現在、水没していた道は地上に出ている。明日は出発できる。
_______
翌朝目覚めたばかりのイグが林の中に停めていた馬車の荷台から顔を出すと、朝も早いのにヴォッガに向かって進む荷馬車の一団が見えた。御車台には先に起きていたリュオが座り、その一団を見ている。どの荷馬車も荷は積んでいないようだ。
「おはよう」
「ああ、おはよう。どうしたんだろうな?」
「たぶんヴォッガに鉄鉱石を仕入れに行くんだと思う」
「……クロッフィルンで情報が出回ったってことか」
「うん」
リュオは真剣な顔で頷く。
「情報が欲しい。話しを聞いてくるから少し待っててくれ」
「わかった」
イグは林を出て丘を下り馬車の一団に向かった。
馬車の一団から話しを聞いたイグが戻って来た。イグは真剣な表情をしている。それを見てリュオも顔を引き締めた。
「どうだった?」
「やはりクロッフィルンでテンウィル騎士団の情報が出回っていた」
「そっか」
「あと10日程でエスニーエルト伯爵の騎士団と傭兵団2000人がクロッフィルンに来るそうだ……」
「予想通りになったね」
「ああ、だが予想外の事もあった」
「どうしたの?」
「一昨日俺達が通ったトンネルが土砂崩れで埋まった。掘り返すのに1週間はかかると言っていた」
リュオは「ハッ」とし直ぐにその意味に気付く。
「それじゃあ……、他の人は鉄鉱石を仕入れることができない」
「ああ、現状クロッフィルンに鉄鉱石を運べるのは俺達だけだ」
「 …… 」
二人は顔を見合わせ真剣な顔で頷き合った。
この先に待ち受けているであろう大きな取引に覚悟を決めたのだ。
目の前の河原沿いの道を半日下ればフォレントと野営をした森の出口に着く。森を抜ければ草原と畑が広がり遠くにはクロッフィルンが見える。この先は大きなカーブも登り坂もない。順調に進めば明日の夕方にはクロッフィルンに着くだろう。
出発の準備を終えた二人の荷馬車はクロッフィルンに向かって走り出す。
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