第13話 【閑話】 アトラス大陸昔話


 イグ達が暮らすアトラス大陸ではエルター教という宗教が盛んに信仰されている。


 エルター教の教えは、簡単に言えば日々祈りを捧げ、真面目に一生懸命に生きれば死後の世界で幸福になれて、生まれ変わっても幸になれるというものだった。


 この宗教が広まったのは約800年前。


 当時の平均寿命は35歳前後、食料も少なく、周りには狼や熊等の野生動物や異民族、野盗等が跋扈(ばっこ)する時代。人々は石の壁で集落を覆い領主を中心に荘園(しょうえん)を作って外敵から身を守りながら暮らしていた。

 まだ王権も弱く外敵から襲撃を受ければ簡単に命を落とす生きることが困難な時代に民衆は死後の世界に救済を求めた。


 エルター教の教えと言うのは当時の民衆にとって眩いものだった。





 この大陸を治めるブリトリーデン王国はアトラス大陸の最西端にある国だ。

 約200年前、かの国はこの大陸を支配する為、火族と同盟を結び武力侵攻を開始した。


 各地に点在していた小国や荘園はブリトリーデン王国と火族から襲撃を受け、領主が服従したり入れ替わったり、住民全てが皆殺しになった地もあった。

 ブリトリーデン王国が東に向かって侵略を繰返しアトラス大陸を踏破したのは今から150年前。


 元々アトラス大陸ではエルター教が広く信仰されていたが、ブリトリーデン王国はエルター教を信仰していなかった。隣国、火族の国ヴィヴィトレア王国や東和国の宗教が広まっていたのだ。


 しかし小国や荘園を侵略する中で、エルター教を利用した方が統治に手間がかからないと考えたブリトリーデンの王族や貴族はエルター教を積極的に取り入れていくことになる。


 エルター教とは一生懸命生きて真面目に働くことを詠っていたからだ。


 民衆はブリトリーデン王国に領主を打ち取られ主君が入れ替わっても、自分達の宗教を認めてくれるなら、まぁ従ってもいいかと考えた。






 アトラス大陸の中心にある都市、エルトハイデンを中心に大陸の東側はチェステリー派『純血派』が教えを広げている。西側、王都ブリトリーデン側の土地ではプロスパー派『繁栄派』が教えを広げていた。


 教典の内容はほぼ同じだったが、火族や風族や地族を認めるか否かという点で、二つの宗派は教えを違えていた。


 それはプロスパー派の背後にはブリトリーデン王国が、チェステリー派の背後にはブリトリーデンに滅ぼされた旧国の王族や貴族がいたからだ。






 今から約100年前、ブリトリーデン王国は気候が温暖になり、農耕器具の発展で作物の収穫が増えていった。


 栄養失調で死ぬ者が減ると各家では次男三男が産まれ人口が急激に増加した。しかし次男、三男は親の土地を相続できずブリトリーデンはそんな行き場のない者達で溢れ、治安が悪くなった。


 ちょうどその頃、王都ブリトリーデンから東に約2000キロ離れたエルトハイデンで宗教革命が起きた。

 チェステリー派とプロスパー派が争い多くの流血の末、チェステリー派がプロスパー派からエルトハイデンにある司教座を奪ったのだ。


 エルトハイデンを治めていた公爵はブリトリーデン国王に事態の鎮静化を依頼した嘆願書を送る。それを受けてブリトリーデン王は考えた。

 王都やその周辺の街に溢れる無職で行き場のない者たちをどうにかできるのではないかと。


 そして王は王城前の広場に大衆を集め、聖書から言葉を引用して言い放った『大粒の麦が実り乳と蜜が湧き出る地、聖地エルトハイデンを奪還せよ』と。


 その命に従いエルトハイデンへ向かったプロスパー派の信者が竜印軍の始まりである。




 都に溢れている無職の者達を戦地に送って、もし勝てば向こうで生活してくれる。仮に負けて死ねば食扶持(くいぶち)が減って、王都ブリトリーデンの治安も良くなる。

 どちらに転んでも好都合だと当時のブリトリーデン王は考えたのだ。


 一方、今まで無職で行き場がなく将来に不安を抱えた多くのプロスパー派の若者は王の演説を聞いて胸を熱くし奮起した。

 王都ブリトリーデンは熱狂と歓声で一色になった。

 エルトハイデンへ向かった者は数十万人いたというのだから、当時の熱狂ぶりが伝わってくる。



 竜印軍が戦いに勝利しエルトハイデンをチェステリー派から奪還すると、ブリトリーデンからエルトハイデンへ向かうプロスパー派の巡礼者が急増した。

 そのような人々を野盗と化したチェステリー派の騎士から守る為に設立された組織テンウィル騎士団である。


 それが次第に組織が大きくなり街道沿いの街や村に支部を置くようになった。


 その存在が王や教皇から正式に公認されると課税の免除や逆に課税権、流通の独占権、土地の管理権なんかを得ていく。




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