第12話 テンウィル騎士団



 イグとリュオは草原から少し森に入ったところで野営をすることにした。

 日も沈み、辺りは暗くなっていた。

 二人は並んで座り、焚火に当たっている。


「今日の騎士団はなんだったの?それに竜印軍って……」


 リュオが不安そうに尋ねる。


「あれはテンウィル騎士団。昇竜印を冠した竜印軍だ。……竜印のエルター教には複数の宗派があるのは知ってるよな?」


「うん。有名なのはチェステリー教会とプロスパー教会だよね」


「やつらはプロスパー派の聖騎士団なんだ。結成は100年前。当時エルトハイデンを武力で占領したチェステリー派を鎮圧するために王都ブリトリーデンからエルトハイデンへ向かった軍隊が竜印軍の始まりだ」


 風も止み静かな夜だった。暗闇の中、並んで座る二人の顔が焚火の炎で照らされ浮き彫りになっている。リュオは真剣な顔でイグの話しを聞いていた。


「それじゃ竜印軍って修道士なんだね」


「そう言うことになるな。100年前、ブリトリーデンからエルトハイデンへ何十万人という途方もない数の兵が移動した。だから道は石畳で整備され街道沿いにあった村や町は驚く程栄えたんだ」


「ふーん、なら良いことをしたんだね」


「それがそうでもないんだよ。今でこそ街道沿いの街は栄えているが、当初は進軍するにも兵糧の準備なんてしていないから、竜印軍が通った村は食料を奪い尽くされたというのは有名な話だ」


「それってすごく自分勝手だよね?」


「ああ、街道沿いの村にこんな歌が残ってる。『パンを奪い、妻を犯し、子を攫う、神の名を語る悪魔、竜印軍』」


「……酷いことするね」


「そうだな、……野盗なんかよりもずっと質が悪い」


 二人は暫し沈黙した。


 焚火の炎の揺らめきをを眺めていたリュオが思い出したように口を開く。


「テンウィル騎士団は竜印軍っていうのは分かったけど、どうしてそんなに恐ろしいの?」


「俺の親方はテンウィル騎士団に殺されたんだ。そして姉……、いや兄弟子と俺はテンウィル騎士団に入団させられた」


「親方が殺されたって話は昔聞いたけど、イグって騎士団だったの?」


「2ヶ月間くらいだがな。俺は隙を突いて逃げたんだ。それでこの東の地まで逃げてきた」


 イグは竜印軍の歴史をテンウィル騎士団で習った。

 そしてテンウィル騎士団がどんな活動をしているのかも知ってる。


「その兄弟子はどうなったの?」


「分からない。俺達は強制的に入団させられると、直ぐに別々の施設に入れられたんだ」


 リュオは「そっか」と悲しそうに相槌を打つ。

 イグは無精髭を撫でながら昔の事を思い出していた。



 暫しの沈黙の後、イグは静に話し始める。


「やつらは騎士団を名乗っているが、その実態は大商会だ。各地にあるたくさんの支部を使って流通の独占、預貯金、為替取引、手形、融資、両替なんかをやっている」


「それがどうして野盗みたいなことするの?」


「それはやつらが悪魔の商人だからだ。その性質は竜印軍と変わらない。新たな地へ進出する時は野盗の様に暴力で奪う。自分達の取分を増やすため、同業の商人や商会を力で潰す。全ては神の名の元にな。

 俺の親方はブリトリーデンとエルトハイデンの間の街で生地(きじ)の行商をやっていたんだが、当時やつらは生地市場の独占を狙っていて、それで親方にいちゃもんを付けてきて、逆らったらあっけなく殺されたよ。荷も馬も命も全て奪われた」


「……ひどい」


「この辺はエルトハイデンからかなり離れている。チェステリー教会が取り仕切る土地だ。それなのにプロスパー派のやつらがこんな所まで来ている。嫌な予感がするよ」


「もしかするとクロッフィルンとオロイツの間に出る野盗はテンウィル騎士団なのかもね」


「可能性は高いな。だがやつらの目的が分からない」



 二人はまた無言になる。


 イグとリュオの付き合いは長い。お互いに無言になってもそれは気まずいものではなく、逆に心地良いものだった。


 こんな事態だというのに、その心地良さにリュオは微笑む。



「そろそろ寝る?」


「ああ、そうだな。考えても分からない。明日は細心の注意を払ってやつらに会わないように進もう」


「うん、そうだね。 イグ……、今日は一緒に寝よっか?元気無さそうだし」


「……いや、けっこうだ」


「もうっ!」


 こうして二人は床に就く。


 イグが定位置の荷台の上で寝ようとすると、リュオもそこへ潜り込んでくる。イグはそんなリュオをお姫様抱っこして、御車台の上に置く。そこが彼女の定位置の寝床だからだ。


 頬を膨らませ拗ねるリュオを無視してイグが眠りについたのは彼の性格を考えれば当然の行動である。


 朝、イグが目覚めると、昨晩イグを心配していたリュオが隣で抱き着くように寝ていたのも彼女の性格を考えれば当然の行動だった。







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