第14話 耳と尻尾
フルリュハイト大森林を抜けてからは草原や畑の中の道を荷馬車は進む。
あれからテンウィル騎士団と遭遇することはなくイグ達は順調にクロッフィルンへ向かっていた。
荷馬車のスピードは荷を積んでいない状態で時速7、8キロ程度。これは大人が小走りするくらいのスピードだ。道が石畳になると馬車の車輪はよく回るから時速10キロ近くスピードが出る。
しかしイグ達の様に荷物を満載に積むと馬車のスピードは時速3キロ前後でこれは人がのんびり歩いた時のスピードと同じくらいである。
さらに現在オルトハーゲンは重い荷馬車引いて小さい丘を登っている。時速は1.5キロくらいだろうか。
フルリュハイト大森林を出て3日目の昼過ぎ。周りには畑が広がり、遠くに畑仕事をしている人の姿も見える。空は良く晴れて心地の良い風が吹いていた。
「止まりそうだね。降りて押した方がいいかな?」
「いや必要ない。人が押したところであまり変わらないからな。だがここを登ったらオルを休憩させよう」
「うんっ!」
オルトハーゲンを心配していたリュオは、休憩という言葉を聞いて、まるで自分のことの様に嬉しそうに返事をした。それから御車台から降りて、オルトハーゲンの横を歩く。1トン以上の荷を積んでいるから、リュオ一人降りたところで馬車の重量は殆ど変わらないのだが、それでも少しでも軽くなればと思っての行動だった。
しかしオルトハーゲンが余りにも遅い為、リュオは一人で先へ進む。丘にできた緩やかな上り坂の道を弾むように登っていく。長い髪とワンピースの裾が風で揺れている。
そして先に丘の上に着いた彼女は息を飲んだ。風で舞う髪を手で抑え、目を見開く。
丘の上からは重厚な城塞都市が見えた。それはまだまだずっと先ではあるがその全容が一望できた。
石の壁で囲われていた街。街の家々は外壁がグレーの煉瓦、屋根は赤茶の瓦で統一されていた。
「イ~~グ~~~!」
リュオは振り返り、丘を登っているイグとオルトハーゲンに大きく両手を振った。
リュオの興奮した様子にイグは笑みを漏らす。リュオは生まれてこの方、あんなにも立派な建物を見たことが無いということをイグは知っていたからだ。
丘の上に着いたイグが御車台から降りる。
立ち尽くし街を眺めるリュオの横に立って、一緒に景気を眺めた。
「見えたな。あれが東の地で流通の要になっている街、クロッフィルンだ」
「凄い。凄いね」
リュオはクロッフィルンの壮観な景色に感動した。
「そうだ」
「ん?」
丘の上で、オルトハーゲンを休憩させていると、急にイグが何かを思い出し荷馬車に戻る。
御車台のベンチの扉を開けて中からベージュ色の麻の手拭いを取り出した。
「ここから先は人が増えてくる。だからこれで頭の耳を隠して、尻尾はワンピースにの中にしまってくれないか?」
「……」
リュオはその言葉を聞いて、手拭いを見て複雑な感情を抱いた。
彼女の獣耳と尻尾は嘗(かつ)てビッツ村の子供達の虐めの矛先だった。
昔リュオはこんな容姿でなければ、こんな耳と尻尾なんかなければと何度も何度も思った。
けれどイグは違った。リュオが虐められていた時期に一人の人間として彼女を扱ってくれた。彼女が虐めのことで落ち込んでいると耳や尻尾を撫でてくれた。
だからイグからそんな言葉を聞いてリュオは少しショックだった。
「なんでそんなこと言うの?」
さっきまで楽しそうに笑っていたリュオの顔が険しくなっている。イグはその変化に気付かない。
「ここらじゃ獣人は珍しいからな」
彼女の問にイグはのほほんと返事をする。
「……この耳と尻尾を人に見られたらイグは嫌なの?」
泣きそうな声で問い詰めてくるリュオを見てイグは『しまった』と思った。
「違う。そうじゃないんだ。クロッフィルンで獣族というのはとても目立つ。だから、変なのに絡まれたりしないようにと思っただけなんだ」
「……」
リュオは無言で手拭いとイグ手を両手で掴み俯く。
「いや、すまん。お前がもし嫌なら隠さなくてもいいから。今のことは忘れてくれ」
「……すん。……イグはこの耳と尻尾は嫌じゃないの?」
リュオは鼻を啜っている。
「リュオ聞いてくれ。俺はお前の耳と尻尾は嫌いじゃない。その……、他の娘にはない唯一のものだと思うし……、だから……お前の耳と尻尾は可愛いくて……好きだ、……と思っている。これは俺の本心だ」
イグは言葉を選びながら真剣に語った。リュオが幼い頃、耳と尻尾のことで悩んでいたのを知っていたからだ。それにイグは本当にリュオの耳と尻尾が好きだった。人族の娘にはない特別な何かを感じていた。
イグが暫く待っていると、リュオは俯いたまま返事をした。
「これ付けるね」
「いや、だから付けなくても……」
リュオはイグから手拭いを取ると、顔を見せないようにくるりと反転して、イグに背中を向け手拭いを頭に巻いて縛る。
そして振り返った。
「変じゃないかな?」
「あっ、ああ……可愛いと思うぞ」
「えへへへ」
リュオがイグ腕に抱きつく。そして彼の腕を抱き抱えながら幸せそうに笑った。
―――――――
日も沈む頃、二人はクロッフィルンの城門前まで来ていた。
ここまで来ると人も増えてくる。イグの様な行商人や外で畑仕事をしてきた者、森に薪を取りに行った者。中にはイグの顔見知りもいてイグ達は挨拶をする。
城門に入る所で検問を受けた。運んでいる品を見せて通行税を払う。
外から来た行商人は品に応じて税を払う。ただクロッフィルンはその税率が非常に低く良心的な街だった。流通が栄えた理由もそこにある。
二人は荷馬車に揺られ街の中に入っていった。
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