第19話 ライオンとジャガーのハーフ、ジャグリオン


「一年のくせにムカつく、雨流、こいつやっていいよね?」


 全員で八人いる取り巻きの女子のうち、ひとりの女子がそう言うと、彼女の耳が獣のソレになる。続けて残る七人も手足が毛に覆われて、爪と牙が生え、獣の耳と尻尾を振った。


 尻尾と耳のデザイン、それに毛並みから、八人の女子の素材は想像できた。


 リカオン、ディンゴ、コヨーテ、ジャッカル。

 ピューマ、サーバルキャット、ウンピョウ、ボブキャット。


 いずれも中型以上の肉食動物だ。最初に獣化した、なんだかリーダー格っぽい女子だけは大型肉食動物のピューマで、ひとりだけ獣化すると身長がやや高くなった。


 校外での獣化は禁止されていないけれど、なんて沸点の低い連中だろう。呆れながら、俺は部分獣化で五感だけは鋭くしておいた。


 まだ俺は、三姫の告白を信じたわけでも、恋人同士になった気もない。でも、本当に八人がかりで襲い掛かられたら、男子として三姫を守ろうと思った。


 まったく、二日連続で不良に絡まれるなんて、俺もとことんついていないな。


 でもおかしい。


 森中と雨流は無言だ。取り巻きである女子たちの先走った行動を肯定も否定もしない。動物は感情によって匂いが変わるが、女子たちの行動にふたりの感情は微動だにしない。


 何かわけでもあるのか? 俺がそう疑問に思ったとき、隣から怒りに満ちた香りが漂ってきた。


 たぶん無自覚なんだろう。三姫の体は、上がり続ける怒りのボルテージに比例して、ゆっくりと獣化しはじめている。両目を吊り上げ、握り拳を震わせて、鋭い牙を鳴らした。


「せっかくの初デートなのに……」


 八人の女子が、一斉に俺らに襲い掛かってきた。

 三姫の獣化が完了する。


「邪魔しないでよバカァアア‼ ■■■■■■■■■■■■■■‼‼‼」


 獣姫(ライガー)が咆哮を上げる。


 そのとき、俺は無色透明の、見えない衝撃波を目にした。見えないそれは、でも確かに三姫を中心にドーム状に広がった。口からは指向性を帯びた衝撃波が放たれ、八人の獣娘たちはぶっ飛ばされた。いや、そう見えただけで、実際は自ら後方へ跳び逃げた。


 八人の女子は、いずれも床に尻餅をつき、涙を流して震えながら失禁している。


 床に作った水たまりはそれほど大きくないが、高校生にもなって失禁する姿は、かなりブザマと言えた。


 とはいえ、未だに怒りの治まらない三姫の横顔を眺めながら、仕方ないか、と納得する。


 肉食動物のなかでも、ライオンは特別だ。


 草食動物は、お腹がいっぱいの肉食動物には無警戒だ。


 なのに、ライオンを知らない日本の鹿は、何故かライオンの匂いがするものには近寄らない。とあるテレビの実験では、象も熊も恐れない土佐闘犬が、動物園のライオンを見た途端に必死で逃げだし、しっぽを垂らして戦意を喪失した。また、とあるハンター曰く、ライオンには特別なオーラがあり、突き刺すような眼光と殺気に気が遠くなったらしい。


 最大最強の捕食動物であるライオンには、他の動物に対する特別な威圧感を持っているのかもしれない。まして三姫の素材はライオンにトラを交配させたライガーだ。その威圧感は鋭い牙となって、女子たちの生存本能に深く刺さったことだろう。


 森中と雨流は、呆れたようすで溜息をついた。


 ふたりが女子たちの勝手な行動を無視した理由がわかった。彼女たちでは、三姫には触れもしないと知っていたのだ。


 俺が視線を逸らすと、ゲームセンターの店員さんがこちらの様子をうかがっている。


 別に店内のものを壊したわけじゃないけど、店内での揉め事は向こうも迷惑だろう。いや、八人の女子が床を汚しちゃったけど、俺と三姫には関係ない。


 今日のところはこれで終わりにして、帰らせてもらおう。


「なぁ、お前らの気持ちは解ったけど三姫もこう言っているし、他の客にも迷惑だろ? 今日のところは帰ってくれないか? 三姫のことが好きなら、あんま困らせるなよ」


 すると、レオポン男子の森中が隣の雨流を見上げ、何か言おうとする。でも、それよりも早くピューマ女子が立ちあがる。ふとももからは、水が伝っていた。


「フザケんじゃないわよ! ここまでバカにされて帰れるわけないでしょ!」


 怒りに任せて近くの格ゲーの筺体を叩く。


 顔を真っ赤にして、涙を散らしながらピューマ女子はジャグリオン男子に媚びを売る。


「ねぇ雨流! 欲しいのはあの女でしょ。ならあっちの男子だけでもぶっ飛ばしてよぉ!」

 よく見れば、ピューマ女子はかなり肉感的なプロポーションだった。三姫ほどではないけど、お尻はスカートを膨らませ、胸は豊かに揺れている。

 でもピューマ女子の願いは届かない。雨流が返事をする前に、とあるポニーテールの女子がピューマ女子の肩をつかんだ。

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