第17話 トラとライオンのハーフ、ライガー


「約束するよ。でもさ、いいのか光姫? 俺なんかが彼氏で。光姫はかわいいし、絶対に俺なんかよりもいい男がいると思うぞ」


 光姫はうつむいて涙を拭うと、まだ少し赤身の残る顔で俺を見上げた。


「やだ」


 短い言葉にこめられた感情があまりに真摯で、俺は困ってしまう。

 なんで俺なんかのことが好きなのかなぁ……

 悩みながら、俺は問い掛ける。


「お前さ、本当に俺のこと好きなのか? 恋愛的な意味で」


 そのとき、俺はどんな表情をしていたんだろう。自分でも少々照れながら尋ねると、光姫はちょっと驚いた顔になって、それから急に笑顔になる。


「いまはもっと好きよ♪」

「え?」


 急に元気を取り戻した光姫は、右手を俺の首に回して体をうしろに倒し、俺の首にぶら下がった。小悪魔的な笑みで、光姫は語る。


「確かにきっかけはライオンとの戦いよ。でもさ、普通あたしみたいに可愛くてスタイル抜群の完璧美少女が彼女になったら、カラダ目当てでがんがんエロいことしてくるはずでしょ? なのに雪人ってば、全然あたしに手ぇ出さないんだもん」

「そ、それは……」

「紳士なんだね❤」


 可愛くウィンク。それだけで、俺は脳味噌が湯だって反論が浮かばない。


 やばい。いま一瞬、一瞬だけこいつのこと好きになりかけた。


 出会って一日の女に落とされるとか、どんだけ安い男だよ。


 おっぱい揺らして笑顔振りまいとけば男が落ちると思ったら大間違いなんだからな!

 などと俺が自分に言い訳をしていると、


「それに、あたしの寝込みに裸をこっそり盗み見るあたり、BLでもなさそうだしね。あたしのカラダに興味津々なのに手は出さないなんて、あたし的にはポイント高いわよ❤」

「もう許してください」

「おっ、顔赤くなった。かわいい♪」


 俺と光姫の力関係は、いつのまにか逆転していた。


 なんだろう俺。このままズルズルと光姫に流されて、結婚までもっていかれそうな予感がそこはかとなくじわじわとしてくるぞ……


 顔を隠す俺の手を『顔みせなさいよぉ』と光姫がはがしにかかって、俺が抵抗する。そんな謎のラブコメ展開に割って入ったのは、汚らしい雑魚ボイスだった。


「北海ぃ、入学式の次の日に女とイチャつくなんてずいぶんと余裕だなおい」


 昨日襲い掛かって来たライオン男子の声に振り返ると、ライオン男子とトラ男子が並んでこっちに歩いてくる途中だった。


 ふたりとも初対面のときのアレは演技だったらしい。スポーツ男子風のさわやかさはどこへやら。いまはただの安っぽい不良まるだしだ。


 醜く歪めた表情から、用事はすぐに想像できた。


「おいクソ女。昨日は汚ねぇ不意打ちでよくもやってくれたな。誰が上か、教えてやるよ」


 ふたりは街中の、ゲームセンターであるにも関わらず構わず獣化。


 ライオンとトラの獣人になって、喉を唸らせた。


 たぶん復讐にきたんだろう。いかにも知能指数の低そうな行動だ。街中で戦うのって校則的にどうだったかな、と俺は思いだそうとする。その間にライオン男子とトラ男子は復讐前の口上を述べようとして、


「普通に考えれば百獣の王と密林の王がクマ公と女なんかに負けるわけねッ――」


 口上ごとライオン男子の体が真横にぶっ飛んだ。トラ男子も反対方向にぶっ飛んで、ゲーセンの床に転がって白目を剥いている。周囲から他の客たちが集まって騒ぎはじめる。


 俺は何もしていない。でも、さっきまではふたりが立っていた場所には、別のふたりが立っていた。それは背の高くてガタイのいい野性味溢れる男子と、細身で線の細い美形の男子だった。背後には取り巻きのように、何人もの女子たちが立っている。


「邪魔なんだよ。ライオンにトラ、テメェら凡俗王如きが、皇后(ライガー)の前に立つんじゃねぇ」

「まったくだね。皇帝の座は数多の王が競うけれど、君らにはその資格もないよ」


 ふたりの男子は日本人とは思えない金髪で、袖から覗く手も金色の毛で覆われていた。


 どうやらライオン男子とトラ男子は、このふたりに殴り飛ばされたらしい。


 でもありえない。


 光姫と俺の素材、ライオンとトラの交配種ライガーと、ホッキョクグマとグリズリーの交配種ピズリーが異常なだけ。本来はライオンもトラも、間違いなく最強クラスの猛獣だ。それを一撃で倒し、しかも明らかに格下に見た発言だ。


 俺がふたりの素材を推理しようとすると、ふたりの男子は無限の自信に充ち溢れた声で己を誇示しはじめた。まずは美形の男子が口を開き、それにガタイのいい男子が続く。


「どうも。僕は二年一組、森中雄平。素材はライオンとヒョウの交配種、レオポンだよ」

「オレは二年二組、雨流浩二。素材はライオンとジャガーの交配種、ジャグリオンだ。今日は未来の花嫁に挨拶に来た」


 ふたりの視線は、光姫にしっかりと向けられていた。

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