第15話 絶対音感
ボウリング場の次に行ったゲーセンでは、光姫の好みがモロに出た。
光姫は格ゲー、クイズゲー、シミュレーションゲームには興味を示さなかった。その反面、ハンドル型コントローラーのレーシングゲームや、ハンマーを振り回すモグラ叩きゲーム、銃型コントロールを使うガンゲーはお気に召したらしい。
それはもう叫び声をあげながらプレイをして、勝てばバンザイをしながら飛び跳ね、負ければゲームの筺体に空中銅回し蹴りをキメ、俺は店員に土下座をキメた。
三歳の頃から父さんの背中を見て育ち、母さんの怒りの沈め方を学んだ俺の熟練された土下座。その平身低頭ぶりに、店員は逆に申し訳なさそうな顔で許してくれた。
言っておくが俺は情けない男なのではない。処世術に長けた男なのだ。
おまけに光姫は、二人協力プレイができるゲームには必ず俺を巻き込み、自分のペースについてこられないと怒るのだ。
なんだか光姫にふりまわされっぱなしで、俺はだんだん気がめいってきた。
「あっ、なにあれ♪」
前方のゲームを指差すと、俺を置いて光姫は走り出す。デートっていうか、妹の付き添いできた兄貴の気分で、俺はとぼとぼと光姫を追った。
光姫が子供っぽくはしゃぎ、これは何? と眺めているのは、ドラムキットだった。
「音ゲーだな。上から流れてくるバーに合わせて叩くんだよ。ちょっと見ていろ」
試しに俺が一度やってみせると、光姫は頷いて、
「だいたいわかったわ。貸して」
比較的簡単な曲を選択しから、俺は光姫にドラムのスティックを手渡した。途端、背中に悪寒が走った。ドラムは、そう簡単に慣れるものではない。
うまくいかず、筺体を蹴り飛ばす光姫の姿を想像して、俺はつい店員が近くにいないか警戒してしまう。すると、
「いくわよ雪人。おりゃ♪」
二本のスティックが、リズムに合わせて踊りだす。
光姫は慣れた手つきでスティックを操り、画面には『GOOD』『EXCELLENT』という文字が、ポップな書体で次々現れる。右上の得点もうなぎのぼりだ。
このゲームを一年以上やっている俺と同じ、いや、もしかすると俺以上にうまく見える。
そしてサビの途中で、俺は気づいた。光姫は音楽にノッている。頭や肩、膝がリズムに合わせて弾んで、目はバーをあまり追っていない。
音ゲーの初心者は、上から流れてくるバーを見ることに必死で、体でリズムを取らない。でも上手い奴は、バーを見ず、リズムに合わせてドラムを叩く。
もしかしてこいつ、耳だけ獣化させているのか?
獣人は獣化に慣れると、部分的な獣化もできる。そして野生動物は基本的に絶対音感を持っている。俺は獣化した状態で音ゲーをやったことはないが、なんとなく疑ってしまう。
曲が終わると光姫は弾んだ声で喜ぶ。あんまり楽しそうなので、俺はもう一回ぐらいやらせてげあげようと、財布を取り出した。でも俺が財布から一〇〇円玉を取り出す前に、光姫はスティックを投げだした。
「あっ、なにあれ可愛い♪」
「ちょっ、おい待てよ。っと」
財布をポケットにしまった俺は駆けだそうとしてストップ。光姫が投げだしたスティックを筺体に戻してから、一秒もジッとしていられないお子ちゃま姫を追いかけた。
俺の足音を聞くと、光姫は振り返り語気を強める。
「もう、遅いわよ雪人! ねぇねぇこれどうすんの?」
右手で俺の服の裾をつかみながら、光姫は左手でクレーンゲームのなかを指差した。
「あーこれか」
俺は疲れた溜息を漏らし、光姫にクレーンゲームのやりかたを教えた。すると、光姫はふくれっつらになって、俺を見上げる。
「ちょっとぉ、このあたしとデートしてなに溜息なんてついてんのよッ」
「いや、だってよぉ」
「ったく、ダメな彼氏ねぇ」
俺に言い訳をする時間も与えず、光姫はクレーンゲームに一〇〇円玉を投入。クレーンをシロクマのぬいぐるみに狙って落とした。クレーンはシロクマをはさんで持ちあげ、二秒で落とした。シロクマのぬいぐるみは、少しだけ穴に近づいた。
「はぁっ!? なによこれ!? 詐欺じゃない!?」
そうだよ詐欺だよ。日本中の人がそう思っているよ。
クレーンゲームのガラスを手で叩く光姫に、俺は心のなかで賛同した。
「くっ、こうなったらもう一回ぃ!」
ああ、なんか光姫がダメなパターンに入ろうとしている。
目を閉じれば、一〇〇円玉をボタンの横に積み重ね、ぬいぐるみひとつに何千円も散財する光姫の姿が見えてくる。
それはかわいそうだな、と思った俺は、手で光姫を制する。
「貸せ、取ってやるよ」
俺は自分で一〇〇円払うと、クレーンの爪をぬいぐるみの腕にひっかけて転がした。
「あと三回だな……」
光姫が首を傾げる横で、俺は続けてトライ。二回のアタックでぬいぐるみを穴の近くまで転がし、予告通り三回目のアタックでぬいぐるみを穴に落とす。
「ほらよ」
俺がシロクマのぬいぐるみを突き出すと、シロクマ君とご対面できた光姫の表情はさっきとはうってかわる。幸せをかみしめるような笑顔でぬいぐるみを抱きしめ、シロクマは光姫の爆乳に埋もれた。
あのシロクマになりたい、と思う自分に気づき、俺は妄想を振り払う。
「あんたすごいじゃん。見なおしちゃった♪」
「おほめにあずかり光栄ですよっと。じゃあ俺ちょっとトイレ行って来るから、お前ここから動くなよ」
「えっ……」
光姫に背を向けて、俺はトイレに向かった。光姫は、少しでも目を離すとひとりでどこかへ消えかねない女の子だ。言い含めておいても、トイレから戻ったらいないかもしれない。仮にちゃんと待っていてもあの性格だ。男子のトイレ時間は女子よりもはるかに短いが、それでも俺は早く済ませようと思う。でなければ『彼女を待たせるなんて何考えてんのよサイテー!』とか怒りそうだ。
光姫の怒り顔を想像しながら、俺はちょっと駆け足になった。
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