第11話 百獣皇帝に俺はなる!

「僕は保育園の頃から、常に一番であろうとし続けた。だって気もちいいんだもの」


 両目の奥にゆらりと炎をたちのぼらせ、都城先輩はわずかに口角を上げる。


「自分こそが頂点。誰もが僕をほめたたえることよりきもちいいことなんてないさ。いや、一番になれば全ての言葉が称賛に変わる。僕へのねたみも陰口も、僕が一番でさえいればそれは負け犬の遠吠えだ。一位でなければ二位も最下位も同じ。それが僕の座右の銘だ」

「俺のことバカにしています?」


 遠まわしに無欲無気力を否定されているようで、俺はへの字口で姿勢を崩す。


「そう聞こえたなら謝るよ。でも僕は僕の意志を貫かないと気が済まなくてね。この学園の秩序と正義のためにも、君をやる気にさせるよ」

「なんの押し売りですか?」

「正義とは善の押し売り、そうは思わないかい?」


 なんだろう。だんだんこの人が暑苦しくなってきた。


「ねぇあんた。その百獣皇帝って忙しいの? あたしと雪人のラブラブタイムの邪魔するなら雪人はあげないわよッ」

「お前は黙っていろ。ていうかなんでこいつまで呼んだんですか?」

「ライガーである姫ちゃんも、百獣皇帝の資質があるからね。っと、注文の品がきたよ」


 ウェイトレスが飲み物とケーキを運んできた。都城先輩が品を受け取るあいだ、俺は思い出す。トラ男子をぶっとばした、光姫の一撃を。

「はい姫ちゃんケーキ」


 光姫は上機嫌に目を輝かせると、笑顔でケーキにぱくついた。その姿がたいそう可愛くて困るが、これでしばらくはおとなしくなりそうだ。


「雪人君。何かお金が必要なことはないかい?」


 唐突な質問に、俺はコーヒーを持つ手を下ろした。


「なんですか急に?」

「帝和グループは給料がいい。この学園にくる生徒は金銭的に困っている生徒が少なくないんだよ。困っていなくても、普通お金は欲しいだろう?」


 そう言われて真っ先に思い出すのは、俺の妹の顔だ。


「まぁ、じつは妹が病気で、手術に一億円必要ですけど。でもいくら百獣皇帝になればエリートコースって言っても、一億円貯金するなんて何十年かかるんですか?」

「君にその気があれば入社一年以内かな」

「はぁっ!? んなわけないでしょう!?」


 テーブルに両手をついて、俺は身を乗り出してしまう。都城先輩は眉ひとつ動かさない。


「本当だよ。お金の話をしよう。この学園が五年制で、三年生までは高校生、四年生と五年生は専門生あつかいなのは知っているよね?」

「それくらいは、まぁ」

「専門生になると研修として、簡単な仕事を任されるようになるし報酬も発生する。けど高校生でも、序列が高ければ仕事を受けられる。オンラインRPGのクエストのようにね」


 え? この人オンラインRPGやるの? と俺は心のなかでひっかかった。


「百獣皇帝を含める序列一桁代なら、正社員以上に高額な仕事も受けられる。積極的に依頼をこなせば卒業までにはかなりのお金を貯められるはずだ。それに卒業後は最初から高給取りのエリート社員。ハードな任務が多い分、危険手当やボーナスも多い。それに帝和グループには社員貸与制度がある」


「あ、それ単語だけは聞いたことあります」

「他の会社にもあるからね。帝和グループの場合、家を買うとかでまとまったお金が必要なとき、会社が社員にお金を貸してくれるんだ。返済は給料から無理のない範囲で引かれるし金利も安い。社員の評価が高いほど貸してくれる金額が多いのはいうまでもないかな」


 なんか、だんだん都城先輩の言いたいことが見えてきたぞ。俺の表情に出ていたんだろう、都城先輩はキリッと笑う。


「どうやら察してくれたみたいだね。そう、雪人君が百獣皇帝になれば、在学中と入社一年目の収入だけでもかなり貯金できる。足りない分は社員貸与制度で会社から借りればいい。それと百獣皇帝の家族は帝和グループの最先端医療を安く受けられるサービスがある。それに百獣皇帝でなくても、序列上位者には似たような待遇が約束されている。雪人君がこの学園で上を目指すのは、決して悪い話じゃないと思うんだ」


 俺は悩んだ。


 いまでも、俺がナンバーワンになれる気なんてしない。でも俺がこの学園を卒業して、将来は帝和グループの社員になるのは確かだ。


 都城先輩の言う通り、どうせこの学園に通うなら、序列上位を目指しておいて損はないだろう。俺の脳裏に、妹の幼い笑顔が浮かぶ。


 俺は、どうせ夢は叶わないと諦めるくうき世代だ。でも、百獣皇帝にはなれなくても、序列を上げた分だけ金は手に入る。


 なら夢に敗れてもいつかは妹の病気を治したり、延命したりできるだろう。病院で退屈しないよう欲しい物も買ってやれる。


 努力が無駄にならない。がんばった分だけ、いまよりは妹を笑顔にできるなら。


「……序列を上げる方法、教えてくれますか?」


 都城先輩は笑顔で頷いた。

   

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