第10話 最強のライオン 百獣大王

 ライオン男子とトラ男子を倒した俺らは、帝和学園の序列一位で百獣皇帝の称号を持つ五年生、都城赫先輩に喫茶店へと連れて行かれた。


 学園内の喫茶店で、俺と光姫が窓際奥の席に座ると、都城先輩は俺らと向かい合う様に、テーブルを挟んで腰を下ろした。


 俺らがてきとうに注文し、ウェイトレスさんが離れると、都城先輩は爽やかな笑顔で切りだした。


「あらためて自己紹介をさせてもらおう。僕は五年一組の都城赫。この帝和学園の序列一位で、現・百獣皇帝だ。君たちの名前を聞けるかな?」


 相手が有名人ということもあり、俺は素直に答える。


「一年一組、北海雪人。素材はピズリーです」

「あたしは雪人と同じ一年一組予定の帝宮光姫。素材はライガーよ」


 予定?

 俺がその意味を聞く前に、都城先輩が口を開く。


「そうか。ところで肩の傷はいいのかい?」

「え? ああはい。牙が刺さったのは獣化で増えた脂肪部分なんで。人間に戻ってクマの脂肪が消えれば一緒に傷も消えますよ」


 皮膚の傷も、体が小さくなった分、皮膚が収縮する関係でほぼ完治していた。獣人は基本的に獣化すると体が大きくなるため、獣化中についた傷は人に戻れば大半が消える。


「それはよかった。では単刀直入に言おう。雪人君。君、百獣皇帝を目指さないかい?」


 突然の提案に、俺は頬を硬くした。

 獣化を解き、グリズリーハートを失った俺はこんなものだ。有名人に、とつぜん後継ぎになれと言われて緊張しないはずがない。


「え、いや……え?」


 なんともまぬけな返事をする俺に、でも都城先輩は想定内とばかりに話を進める。


「困惑させてしまって悪いね。でもこれはそう珍しいことじゃない。実のところ言うと、僕は他の学年の生徒にも声をかけている。僕の次の百獣皇帝にならないかってね」


 都城先輩はテーブルの上に両手を乗せ、やや前のめりになる。


「知っての通り、この学園には序列と呼ばれる強さランキングがある。そして序列一位は百獣の王のなかの王、百獣皇帝と呼ばれる。百獣皇帝のまま卒業すると、その年の百獣皇帝として記録され、帝和グループに入社するときはキャリア組だ。在学中も、百獣皇帝には様々な権限が与えられる。だからこそ、百獣皇帝には人格が求められるべきだ」


 テーブルに肘を立てて両手を組み、都城先輩は話を続ける。


「僕の卒業後、悪い子が百獣皇帝になるのは困る。だから僕は素質のある子を見つけると声をかけるんだ。僕は人を見る目には自信があるのだけれど、雪人君はイイ子のようだし」


 初対面でいきなりイイ子、なんて言われると胡散臭く聞こえてしまう。承認欲求が満たされるどころか、バカにされている気すらしてくる。

 おだてられて木に登るブタはいても、クマはそうはいかないんだぜ先輩。


「フフン。あたしの彼氏に目をつけるなんて、あんた見る目あるわね」


 背もたれに体重を預けた帝宮がふんぞり返る。俺がいつお前の彼氏になったんだよいつ? そりゃまぁこいつすげぇ可愛いしスタイルも抜群だけど、そんな女に好きだと言われてホイホイついていく男は三流だと思っている。


 これまでその手で何人のピュア男子が美人に貢がされ捨てられてきたか。


 言っておくが俺はひねくれているんじゃあない。超がつく慎重派なだけなんだからな。と心のなかで弁明しておこう。


 ブタと一緒に木に登るライガー娘を無視して、俺は都城先輩と向き合った。


「俺を高く買ってくれるのは嬉しいんですけど、俺そういうの興味ないんで。そりゃあピズリーなんていう激レア素材だし、俺も上に行けたらいいなとは思いますよ。でも百獣皇帝って、全校生徒二〇〇〇人中のナンバーワンですよ。なれるわけないじゃないですか」


 俺は自然と猫背になる。


 正直なところを言えば、俺もちょっとは期待していた。


 夢を持たないくうき世代だが、俺は百獣の王ライオンを一撃で倒している。こんなのまるで、ある日スーパーパワーに目覚めたバトル漫画の主人公まんまじゃんか。


 強敵強豪をバッタバッタと薙ぎ倒し、主人公街道まっしぐら、という妄想が頭を駆け巡った。でも冷静になってみれば、そんな妄想はすぐに鎮火した。


 ピズリーは強い。でも強い動物は他にもいる。それに万年帰宅部の俺とは違い、格闘技経験者の生徒だってこの学園にはわんさかいる。


 素材の力だけで戦うゴリ押しでナンバーワンになれるほど、世の中は甘くできていない。


 いまから格闘技をはじめたって、中学からやっている奴には敵わないだろう。


「君は一番を目指すのに理由が必要な人間なんだね」


 俺のまぶたが上がる。俺が猫背をやめると、都城先輩の凛とした視線と目が合った。

 都城先輩の瞳には、言葉以上の力を感じた。


「どうせ夢は叶わないから上を目指さない。僕らくうき世代の特徴だ。間違っていないよ。常識で考えればスポーツ選手や作家、タレントや一流企業のエリート社員になれるわけがない。なら無駄な努力をせず他のことに時間を使ったほうがいい。賢い選択じゃないか」


 力強い声で、饒舌にネガティブなことを言う都城先輩は『でも、僕は一度もそう思ったことはない』と強調した。


「僕は保育園の頃から、常に一番であろうとし続けた。だって気もちいいんだもの」

 

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