第6話 最強のクマ

 「六センチの牙か……悪いな、クマの皮下脂肪は九センチだ」

「なっ!?」


 ライオン男子が口を離す。


 俺は闘志を抑えきれなくなり、衝動が声に滲みだす。


「ライオンは、バイティングだけじゃあ牛を殺せず、首を長時間噛んで窒息させる。でもクマは違う。クマはワンパンで、牛の首を叩き折るんだよ‼」


 俺のボディブロウが炸裂。五本の熊爪(ベアクロー)はライオン男子の腹筋を貫通。内臓から背中へ通り抜けた衝撃で、ライオン男子の体は五メートル以上もぶっ飛びながら血飛沫をあげた。


 トラ男子は絶句。自身の頭上を飛び越えたライオン男子を振り返りもせず震えた。


「あと熊爪の長さは十センチな……そういえば、まだ俺の素材を言っていなかったな」


 俺は自分の左肩を手で押さえた。すると、血で傷口周辺の毛が固まって包帯の代わりとなる。もう肩を回しても血は出ないし傷口も開かない。痛みも最小限だ。


「テ、テメェの素材はシロクマだろうが! トラに捕食されるクマの仲間じゃねえか!」

「それは小型のクマの話だ」

「え?」


 トラ男子が、間抜けな顔で頬を引きつらせる。


「それに俺はシロクマじゃあない。俺の素材は、身長三メートル半最大体重一トンのシロクマと、凶暴さは折り紙つきの北米最強獣グリズリー、その交配種ピズリーだ!」


 トラ男子が息を吞んで凍りつく。

 ここからは俺のアピールタイムだ。


「アザラシとか小さいやつしか喰わない? バカ言うなよ。シロクマは北極最大の海獣セイウチの群れも逃げ出す食物連鎖の頂点だぜ。北極と北米に君臨する二大王者の性質を受け継いだのがピズリーだ。セイウチすら捕食するシロクマ以上の身体能力に爪と牙。そのシロクマにも怯まず戦いを挑む凶暴性を持つグリズリーハートをナメんじゃねぇッ‼」


 俺の声に、トラ男子はあとずさり怯んだ。


 トラ男子の体臭から、喜びの甘さと殺意の焦げ臭い刺激臭が消えうせる。


 最凶の凶暴性、グリズリーハート。それが、俺の性格が変わった原因だ。俺は獣化すると、自分でも信じられないくらい好戦的になってしまう。


 いまも、残ったトラ男子をブチのめしたくて牙が疼く。


 トラ男子のうしろで、ライオン男子が腹から血を流しながら痙攣しているが罪の意識はない。むしろ、自分の力に気分が高揚すらしている。


「なぁトラ男、俺は子供の頃から思っていたんだよな。みんなトラとライオンてどっちが強いんだろうとか言っているけど」


 俺は、殺意を抑えるのをやめた。


「トラやライオンより、クマのほうが強いに決まってんだろ‼」

「ヒィ!」


 トラ男子は全身に恐怖の臭いをまとい、俺から逃げようと背を向ける。

 俺は目覚めた狩猟本能に陶酔しながら駆けだした。


「待てよトラ男。体臭が酸っぱいぜ?」


 刹那。空から雷が落ちてきた。この晴れた日に? と疑問に思うのと、ソレの正体を知るのとはほぼ同時だった。爆音を伴う金色の閃き。


 その正体は獣人、それも、理性を剥がされるような美少女だった。


 背中を覆い、揺らめきに合わせて色味の変わる、奇跡のような金髪。


 狂喜に染まった横顔は、敵の首級を挙げた戦女神のように魅力的だ。


 俺はいまだかつて、彼女よりも美しい獣を見たことがなかった。


 彼女が俺を振り返ると、暁色に輝く黄金の瞳に吸い込まれるかと思った。それほどに、彼女の視線は深く、眼光は美しかった。


「みつけた……」


 少女とは思えないほど艶のある、それでいて凛とした声音だった。あまりに心地よい声なので、一日中でも耳元で囁いてほしいくらいだ。


 神々しささえ感じる美笑(びしょう)で、彼女は俺に両手を伸ばした。


「私の、愛しい人……」


 彼女は優美な足取りで鷹揚に歩み寄ると、俺の顔をつかみ、一気に引き寄せる。


 彼女の唇が俺の口をふさいで、熱い舌が俺の口内を愛撫した。


 クマの嗅覚が、彼女の甘い興奮を敏感にかぎ取る。脳が熱を帯びて、俺も彼女の熱く濡れた舌を求めてしまう。無粋ながなり声が俺らの邪魔をしたのは、その時だった。


「テ、テメェ急になにすんだこのクソ女!」


 どうやらトラ男は、彼女の着地点にされていたらしい。苦しそうに肩を抑えながら、立ちあがる最中だった。


 しかし、彼女はトラ男に気づいていないのか、俺の背中に腕を回し、身を寄せてきた。


 自分を無視して男とイチャつく。挑発とも言える彼女の行動が起爆剤となり、トラ男は激昂する。背後から彼女に、いや、俺らに襲い掛かった。


 彼女を守ろうと、俺は右手を振り上げようとする。しかし、先に動いたのは彼女だった。俺から唇を離し、彼女はトラ男も反応できない敏捷性で振り返りざまの右フックをキメる。


 彼女の強烈な一撃はトラ男の横っ面をぶっ叩き、トラ男は桜の木に頭から突っ込んだ。

 白目を剥いたまま動かないトラ男を見下ろし、彼女は毒づく。


「トラ族の面汚しめ。お前の牙が、この百獣女帝にわずかでも届くと思ったか?」


 密林の王者を、完全に見下した発言。それで俺は闘志が冷却され、彼女の姿を観察した。


 そういえば、この子は何の獣人なんだ?

 

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