第4話 クラス唯一の男子で学校中の女子に大人気


 学校が終わると、俺は学生寮を目指した。クラスメイトたちの流れに乗って歩いていると、遠くに学生寮が見える。この帝和学園はとにかく広い。高校というよりも大学だ。


 一組から三組の校舎であるA棟、四組から六組の校舎であるB棟、七組から九組の校舎であるC棟は連絡通路で繋がっているが、結局のところ大きさは校舎三つ分だ。

 離れたところに十組が使うD棟もあるが、なぜこれだけが離れているかはわからない。


 さらに帝和学園は五年制だ。高校生ではなく、専門学校生にあたる四年生と五年生の校舎は別にある。


 加えて、民間軍事会社だからだろう。各種訓練に使う施設や、生徒同士が獣化して戦えるバトルアリーナまで用意されているのだから、帝和学園の敷地面積はすさまじい。


 校舎と学生寮のあいだには、立派なガーデンエリアがひろがっている。


 学生寮を目指しながら視線を巡らせると、桜並木や噴水付きの公園、迷路園と呼ばれる、外国映画なんかで目にする木々の迷路もあるようだ。緑の香りを運ぶ春風が実に清々しい。


 ここは生徒たちの憩いの場のようで、くつろいでいる女子生徒が目立った。そんななか、白いイスとテーブルが用意された東屋でケーキを食べていた女子グループが俺に注目する。


「あ、あれが今年の男子じゃない?」

「へぇ、あたしは結構タイプかも」

「もっと男子、増えればいいのにね」


 きっと先輩たちなんだろう。ちょっと大人びた雰囲気の女子たちは、ひじをまげて俺に手を振った。俺は恥ずかしかったが、無視をするのも悪いので、軽く手をあげた。


 すると、先輩たちは明るい笑顔で大きく手を振ってくる。


 な、なんだろう。


 さっきまではただ女子たちの勢いに圧倒されるだけだったけど、こういうのも悪くない気がしてきた。


 っと、いけないいけない。


 俺は、弛みかけた自分の心を叱咤した。


 騙されるな北海雪人。そんなウマイ話が転がっているわけがないだろう。


 ただでさえ俺の運はこの学園への入学で使い果たしているんだ。


 先輩女子の色香にまどわされたが最後、卒業まで便利なパシリ君に使われたり、部屋に呼び出されたと思ったら『本当に来たよこいつ、なに期待しちゃってるの?』とドッキリをしかけられたりするに決まっている。


 人生に期待をしないくうき世代をナメんなよ。


 いいか、俺は臆病でもひねくれているわけでもない、慎重派なんだ。


 犬も歩けば棒に当たる。クマも歩けば女難に当たると思え、だ。


 俺が男子の声に呼びとめられたのは、そのときだった。


 早くもなつかしさを感じてしまう男声へ振り返ると、ふたりの男子が走ってくる。


 ふたりともひきしまった体をしていて、運動部員だろうと連想させられた。


 ヘアゴムでオールバックにした男子が呼吸を整えて、


「いやー、他にも男子がいてマジで良かったわぁ。あ、オレは二組唯一の男子な、で」


 バトンを受け取ったのは、となりに立つ短髪の男子だった。


「オレは三組唯一の男子だ。お前、何組?」


 ふたりの第一印象は、爽やかなスポーツ男子。サッカーあたりが似合いそうだった。


「俺は一組だよ」


 正直にそう答えると、ヘアゴム男子が指を鳴らした。


「おっ、これで一、二、三組のそろい踏みだな。よろしく頼むぜッ」

「ただでさえ男子少ねーもんな。ところでお前、素材は?」


 ふたりの明るい笑顔のおかげで、俺は初対面なのに緊張しない。質問にもすぐ答える。


「クマだよクマ。いちおう当たりかな」


 ふたりの表情が一転する。


「カッー! まじかようらやましい! お前クマかよ」

「オレらなんて猫だぞ猫。猫耳男子とかどこに需要あるんだよ」


 なんだかノリのよいふたりにつられて、俺もテンションが上がってくる。


「そうか? はは、まぁ運がよかったよ。でも猫の運動神経ってすごいらしいぜ」


 二人は『そうだけどよー』と下唇をつきだした。するとヘアゴム男子が、


「そうだ、お前そんな強い素材ならさ、オレらとここで練習試合してくれよ」

『練習試合?』と俺が聞き返すと、短髪男子が顔の前で両手を合わせる。

「マジ頼むって。少しでも慣れとかないと、決闘するハメになったときヤバイだろ?」


 帝和グループは、いまでも民間軍事会社としての色が強い。そのため、この帝和学園では『序列』と呼ばれる、強さランキングが存在する。


 一年生の俺らは何の獣人かという、素材だけで初期序列が決まる。全校生徒二〇〇〇人中、俺は何人かの生徒と同率の一六〇一位だ。あとは色々とめんどうなルールがあるが、序列は基本、生徒同士の『決闘』の勝敗で変わるようだ。


「ほら、卒業して帝和グループに入社するとき、少しでも序列が高い方が待遇いいし」

「だから頼むぜ。お前クマなら猫の攻撃なんて効かないだろうし、付き合ってくれよ」


 片目をつむり、両手を合わせるふたりの姿に、俺はつい気分を良くしてしまう。


 おぉ、さすがはクマ。なんていうか、早くも俺、勝ち組オーラ出ちゃっていないか?

 俺はふわふわとした気分で舌を転がした。


「しょ、しょうがねぇなぁ。よし、じゃあかかってこいよ」

「「サンキュ。まじ助かるわ」」


 言って、ふたりは制服の上着と鞄を近くのベンチに投げ捨てた。俺も荷物を置こうとベンチへ歩いて、ふたりに背をむけながら鞄と上着を置いた。獣化したときのことを考え、学園の制服は上着の下がノースリーブになっている。


「そういえば猫って言ってもいろいろ種類あるよな? お前らなに猫なんだ?」


 振り返ると、満面の笑みを浮かべるふたりの体が膨らんだ。

 ヘアゴム男子が、悦を含んだ声で、


「あー、まだ言ってなかったなぁ」


 身長はあたまひとつ分も高くなり、全身が金色の毛に覆われた。

 短髪男子が、ヨダレを吞んでから、


「みーんながよく知る猫だぜぇ。動物園の人気者だ」

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