第2話 底辺の俺の逆転人生

 夏休み半ば。俺は帝和グループの北海道支社を尋ねていた。


 帝和グループといえば、収益や資産、株価で決まる日本企業ランキングで常にベストテン入りをキープする超一流企業だ。支社とはいえ、そんな会社を訪ねて、俺は息を吞んだ。


 ばかでかいビルディングの内装は近代的の一言に尽きる。


 玄関ホールは八階までが吹き抜け構造で、一階の床から、三階や四階に直接繋がるエスカレーターが何本も伸びている。


 会社というよりも、羽田空港のターミナルを連想してしまった。ガラスの塔をエレベーターが上がっていくのを見上げると、自分が見下ろされているような気がした。そんな自分に気づいて下唇を軽くひと噛みする。


 社内の張り紙が示す通りに進むと、目的の説明会場に辿り着いた。教室の何倍も広い部屋にプリントチェアがところせましと並べられている。


 プリントチェアとは、3Dプリンタで大量生産された樹脂製の椅子だ。強度はパイプ椅子と変わらないが重さは半分らしい。


 まだ開始十五分前だが、一〇〇個以上ある椅子には空席が少ない。


 なかには見知った顔もいたが無視。俺はてきとうに空いている席に座り、少し緊張しながら開始を待った。



 そして開始時間ぴったりに、その声は響いた。


「ハーイみなさん♪ 帝和グループへようこそ。今日は弊社に来てくれてありがとうね♪」


 妙にハイテンションなウサギさん、もといバニーガールが入室してきた。


 俺らに手を振りながら、陽気なウサギさんは軽快なステップで壇上に上がると手を叩く。それが合図だったのか、天井のスリットから巨大な幕が下りてきた。有機EL、いわゆる『まるめられるテレビ』だ。ペラペラの紙状で、もっとも場所を取らないテレビだ。


 ここまで巨大だと値が張るので、多くの会社ではまだプロジェクターでの投影が主流である。なのに、贅沢な会社だな。


 なんだか自分がいるのは場違いな気がして、俺がへの字口になるとウサギさんが、


「では早速、弊社の説明に入らせてもらいます」


 ウサギさんの言葉に合わせて、スクリーンには会社紹介の動画が流れる。


「弊社は日本初の民間軍事会社として設立されました。その後、兵士を治療するための医療部門がみなさん御存じの、獣化手術を発明しました」


 言って、ウサギさんのウサ耳が生き物のように動いた。いや、事実生き物なのだ。このバニーガールのお姉ちゃんは、コスプレではなく、ウサギの獣人だ。獣に変身する能力を獣化能力と呼び、獣化能力を持つ人を『獣人』と呼ぶ。


「獣化手術は至って単純。先天的な病気を治療する遺伝子治療の応用よ♪ 人体に無害なウィルスに動物のDNAを埋め込んで人体に投与。皆さんの体に動物のDNAを注入します。ただし、残念なことにこの手術を受けられるのは女の子がほとんどなの」


 その通り。この獣化手術を受け、獣人になれるのは女子だけだ。なぜなら、


「男の子はXとY、両方の染色体を使っているけれど、女の子はふたつのX染色体のうち、ひとつは休眠させているわ。獣化手術はこの休眠中のX染色体にウィルスを投与するの。だから訓練して、休眠中のX染色体のスイッチをONにしたら獣化して、OFFにしたら人に戻れるわ」


 有言実行。お姉さんのウサ耳が突然引っこんで、ただの水着網タイツ姉ちゃんになった。


 ナマでみるのははじめてなんだろう。会場がざわめいた。まぁ、俺もはじめてだけど。


「でも男の子も諦めないでね。男の子でも一〇〇〇人にひとりの割合でX染色体がふたつ、XXYの染色体を持つ子がいるの。いまでも弊社では男性の獣人が活躍中よ♪」


 お姉さんは可愛くウィンクをすると再び獣化。ウサギの耳を生やした。


「そして現在、弊社は新しく人材派遣部門を開設♪ アミューズメント業界には私みたいなウサ耳女子やネコ耳イヌ耳女子を派遣。秘境や海底調査隊には魚類爬虫類の獣人を派遣。護衛や傭兵には猛獣の獣人を派遣して大活躍中なんだから♪」


 ウサギさんのいうとおり、いまの日本社会では獣人が活躍しているし、大人気だ。


 テレビや雑誌で獣人を見ない日はないし、漫画やアニメ、ゲームや映画にも、獣人キャラは必ずといっていいほど出ている。


 帝和グループが所有する、獣人娘だけのアイドルグループの人気も絶大だ。


 五分後。ウサギさんの説明が終わると、俺らは順番に検査室へと連れていかれ、適性検査を受けた。人によって体に適合する動物のDNAが違うらしく、この検査結果でなんの獣人になれるのかがわかる。


 そしてどの動物にも適合しないと、不合格となる。


 もっとも、俺ら男子の九九,九パーセントは不合格が決まっている。男子はなにと適合するか以前に、まずX染色体がひとつしかないから、獣化手術を受けられない。


 検査室の女医さんが、俺の口内を綿棒でなで、採取した細胞を機械で調べている。


 手術を受けられる男子は一〇〇〇人にひとり。そんな雲をつかむような話に俺が選ばれるわけがない。こちとら子供の頃からクジのひとつにだって当たった試しがないのだ。


「はーい、こんぐらっちゅれーしょん。君は当たりよ」


 やっぱり来るべきではなかった。貴重な夏休みを無駄にしたもんだ。


 こんなことなら家でおとなしく、ってはい?


「はい?」


 思わず心と口がシンクロした。いまこの女医さんなんつった?


「じゃああとはこっちでなんの動物と適合するか調べておくから。結果は二日後、メールで送るわ。今日はおつかれさまでした」


 ………………え?


 気がついたとき、俺は最寄りの駅の前に立っていた。


 いや、別にワープしたとか記憶を奪われたとかではなくな。


 あまりにも信じられないうえにあっさりしていたので、無感動に、なにも感じず、粛々と駅まで歩いてしまったのだ。


 ズボンのポケットからスマホを取り出し、改札で電子マネーを払い、ピピピ、っという安っぽい電子音を聞いてから、急に意識が鮮明になる。


「……俺……合格した?」


 改札を抜けたところで俺は立ち止まり、うしろの客に怒鳴られてから慌ててよけた。それから自分を叱咤する。


 浮かれるな北海雪人。まだ俺は他の女子と同じラインに立っただけ。さんざん喜んでおきながら二日後『適合する動物がいませんでした』とか『適合する動物の利用価値が低過ぎるので不合格です』なんてメールがくるかもしれない。


 なにせ俺は、生まれてこのかたクジのひとつにだって当たらなかった男なのだから。


 二日後。部屋で漫画を読んでいると、俺のスマホにメールが送られてきた。送り主は帝和グループで、画面には『合』『格』の二文字が燦然と輝いている。


 表情筋がこわばり、対照的に心臓は痛いくらい激しくわめいた。自然と奥歯に力が入るなか、画面を下にスクロールさせる。そこには俺に適合した動物の名前が表示されていた。


 奥歯から力が抜け、言葉が流れ落ちる。


「……クジ運、使い果たしたかも」


 そこに表示されていたのは、とあるクマの名前だった。


 そしてクマの名前の下には『帝和学園 入学要項』と書かれていた。

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る