第34話 暗雲
廊下の途中でオルファ達とは分かれ、タウは自分の執務室に戻ろうとするが、次の曲がり角でラムダにぶつかり、後ろにのけ反ってしまう。
「わわ、ラ、ラムダ様!?」
魔王選挙は四天王一人一人に与えられた権利で、タウはバトラに与する事で何か特別恩賞を与えてもらっていたわけではなく、何も悪い事はしていないのだが、それでも裏切り者になったような空気が重くて出会いたくなかった。
「す、すいませんでした、じゃあわたしは仕事がありますのでこれで」
ぺこぺこと頭を下げながら立ち去ろうとして、タウは呼び止められる。
「タウ、確か貴様の母親は病気だったな」
「は、はい、お医者様の話だと放っておくと命に関わるそうなんですけど、でもマンドラゴラの薬療法で徐々に良くなっているんです」
マンドラゴラは最も貴重で高価な薬の一つで、タウは四天王故の高い地位と収入を使い、母へ定期的にマンドラゴラ薬を買ってあげているのだが、
「実は研究材料として軍費で買い占めようかと思っているのだが」
タウが絶句して、遅れながら言葉を絞り出す。
「な、なんでそんな……」
「マンドラゴラは致命傷ですらまたたくまに再生する妙薬になるからなぁ。微量でも効果はあるし、マンドラゴラを原料に小さく効果の高い傷薬を作り、各兵士に配布すれば近くに回復呪文を使える者がいなくても戦場で迅速な治療ができるだろう。
マンドラゴラを求める患者の事を考え、今までは凍結していた計画だが、高価なマンドラゴラは元々庶民では買えないし、マンドラゴラが必要なほどの重病患者もそうそういるわけではない。
まぁどうしても必要な者は我に相談すれば特別に譲らなくもないが、本当に必要な者なのか、審査は慎重にしなくてはな、そう思うだろう、四天王タウよ?」
それだけ言って、ラムダは震えるタウの肩を一度叩いてから立ち去った。
「三日後の魔王選挙、四天王として悔いの無い選択をするようにな」
ラムダは執務室で一人、ワインを転がしながら栄光ある未来に思いを馳せる。
これでタウは確実にバトラに票を入れる。
レオンが裏切ったのは想定外だったが、そもそもこの選挙は勝つ必要が無い。
選挙が延期になり、封印が解ける日が来れば邪神は復活。
邪神さえ復活すれば後はどうにでもなる。
延期した選挙が二対二になっても、バトラとメルの魔王位を賭けた一騎打ちになるだけだ。
そうなれば邪神を味方につけるバトラが勝つのは必定。
むしろその時にメルを殺してしまえばもう逆らう者はいない、損得で動くイーナは当然こちらにつくだろうし、そこまでくればレオンも目を覚ますはず。
それにオルファ達は自分達の力なら邪神を倒せると思っているらしいが、伝説に登場する偉大なる先祖、大魔王達と自分達の戦闘能力を同格に見るなどラムダからすれば片腹痛い。
自分達の勝利は揺らがない。
バトラと邪神の元、魔族はこの大陸を支配し、その繁栄は未来永劫に続くのだ。
そんな薔薇色の未来に心躍らせながら、ラムダは立派な口髭を撫でた。
執務室に兵士が跳び込んで来たのは、丁度その時だった。
「た、大変ですラムダ様!」
「どうした想像しい」
せっかくのいい気分を大無しにしおってと、ラムダが眉間にシワを寄せると兵士は声を張り上げる。
「ゆ、ゆ、ゆ、勇者です!!!」
ラムダの手から落ちたグラスが絨毯に散った。
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