第23話 戦い

 その日の夜、城内の広い室内訓練場ではレオンが部下達相手に剣術の稽古をしていた。


 とはいえ王国最強の騎士である彼の相手になる者などおらず、レオンは常に五人同時に戦っている。


 それも五人を並べるのではなく、五人に自分を取り囲ませる。


 死角である背後からも含め、五方向からの攻撃全てを捌(さば)きながら部下を刃の無い模造剣で叩き伏せていく様は見事としか言いようがない。


「本当に見事としか言いようがないな」


 そこへ現れたのは北の魔王レアである。


「貴方はレア様、何故このような所へ?」


 部下を叩き伏せ終わったレオンはすぐに剣を収め、眼差しは冷たいが丁寧な口調で話す。


 前の一件でレアが穏健派である事は分かった筈だが、それでも魔王様相手には相応の対応をするらしい。


「いやなに、メルから貴様は国一番の騎士だと聞いたのでな、一つ試合おうかと」


 挑戦的な態度にレオンは嫌がることなく、むしろ一礼で返す。


「レア様と言えば武芸十八般右に出る者無しと言われ、武王の名を冠するお方、そのような方と刃を交えられるとは、光栄の極みでございます」

「よし、では武器はどうする? 我はなんでもよい、お主の得意な物を選べ」

「ご厚意感謝致します。では遠慮なく、実剣での勝負を所望します」

「剣か、よかろう」


 レアの背後の空間がスパーク。


 何も無い場所から急に生まれた青い柄を引き抜くと手には白銀のロングソードが握られている。


 特に飾りはなく、豪奢な作りになっている事が多い宝剣の類ではない、あくまで試合故だろう。


 レアは異次元の武器庫からあえてなんの変哲もないただの剣を選んだ。


 それに気づいてレオンも訓練場に立てかけてある普通の、だが今度はしっかりと刃のついた実剣を手にして線で区切られたコートに入る。


 この時訓練場にいた部下一六人は一人残らず集まり、その中の一人が訓練場を壊されぬようフィールド全体に内向きの結界を張った。


 四天王とはいえ近接戦闘においては王国最強の騎士と魔王の戦い。


 その凄まじさは魔族の常識を越えるだろう。


 両者は互いに向きあい剣を構える。


「開始の合図はいらん、仮にもこちらは魔王、ファーストヒットは譲ろう、お主の攻撃と同時に我も動く」

「気遣いの数々、感謝致します。では遠慮くなく……」


 ヒュッ!

 二人の距離が一瞬で零になって剣が激突した。


 部下達には速過ぎて何が起こったのか分からないが、結果を見るにとにかくレオンが距離を詰めて斬りかかったのだろう。


 ただレオンが跳んだのか、駆けたのかは謎だ。


 それからの二人の戦いは、部下にとっては世界が違った。


 音速で繰り広げられる超高速バトルの衝撃波で結界は軋み、耳をつんざく金属音は毎秒数え切れないほど鳴り響き、だが二人の動きは実に的確で巧みだった。


 魔力で限界まで視力を強化し、視る事だけに集中した部下達の目でようやく捉えられるレアとレオンは全身のバネを使い激しく、鋭く、正確に斬りかかる。


 その攻撃を刹那の見切りで体を逸らし、ひねり、必要最小限動きでかわしながらカウンター攻撃をして、けれど相手もまたそのカウンターをかわしている。


 超音速の剣撃を何度も交わし、二人の戦いはまさに百花繚乱の狂い咲き、無数の火花が文字通りフィールド内にいくつもの花を咲かせながらさらにその苛烈さを増して、そして戦いは突然終わりを告げた。


「ッ!?」


 戦いの中で一本の剣が頭上に弾かれて結界に突き刺ささる。


 レアがレオンの喉元に剣の切っ先を突きつけて両者が静止している。


 見間違いようも無い、レアの勝ちだ。


 王国最強の騎士相手に、相手の土俵で戦い勝利したのだ。


 自分達が誇る最強の騎士レオンの敗北は悔しいが、部下達はぐうの音も出無い。


 結界が消え、落ちてきた剣を手に収めてレオンは頭を下げる。


「さすがは武王レア様、感服致しました」


「なに、お主の剣も素晴らしかった、それに、こんな狭い場所で無く、試合ならぬ殺し合いならどうなっていたか分からないぞ?」


 相変わらず挑戦的なレアの態度に、やはりレオンは嫌な顔をせず答える。


「いえ、殺し合いになれば剣にこだわる必要が無い分さらにレア様が有利になるは明白、それに私如きがレア様の第二第三形態に勝てるはずもございません」


 あまり感情のこもらない、静かな声で語るレオンにレアは容赦しない。


「ほお、それはつまり我の第二形態第三形態を引き出せると?」


 それでもレオンは慌てない。


「気分を悪くしたのなら申し訳ありません、ですが私(わたくし)にそのような思い上がりは御座いません」

「はっはっはっ、気にするな、ほんの冗談だ」

「はい」

「ところで確認だが、お主は来週の選挙、バトラに入れるつもりか?」

「はい、私はバトラ王子の思想に賛同いたします。レア様はメル姫様を支持されるそうですが、私もこの国の未来の事を考えての決断なのです」

「いや気にするな、別に試合に勝ったのだからメルに入れろなどとは言わんさ、今宵の我はただ、王国最強の騎士の実力を観に来ただけだ」


 それだけ言うとロングソードを異次元の蔵に戻し、立ち去ろうとするレア。


 だが背を向けてから不意に歩みを止める。


「だがそうだな、選挙は確かにお主の自由だし、この国の魔王がどちらになるかも我が口を出せる立場ではないが選挙後、我に弓引けば」


 振り返り、魔王の笑みを見せる。


「我の全てを見せよう」


 その一言で、レオン以外の部下全員の息が止まった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る