第16話 吸血鬼の姫

「失礼します姫様。現在の戦況について報告があるのですが、って、レイヴ?」


 天幕に入ってきたアミラも、前に見たときよりも若干大人びて見えた。


 僕の意をくみとって、アミラは自慢げに笑う。


 笑顔からは、白く光る歯と、長い犬歯が顔を覗かせる。


「アタシも、グールからヴァンパイアに進化したの。人間は進化できなくて大変ね。魔族は進化したら、魔力も体力も大幅にパワーアップするんだから。レイヴも、装備は結構いいみたいだけど、まぁせいぜいがんばんなさい」

「う、うん」


 よかった。アミラの言うことはちょっと厳しいけど、特別、僕を目の敵にしているわけではないらしい。


 するとレムが、


「姫様、お忙しいようでしたら、レイヴ様への階級章授与は省いてもよいでしょうか?」

「待って、レイヴは大切な従者だもの。わたしの手から、直接送りたいの」

「階級章? 僕にも階級なんてあるんですか?」


 なんていうか、僕はただの飾りっていうか、本当にただついていくだけの人だと思っていた。師匠と魔王家は付き合いが深いみたいだし。


 知り合いの身内をちょっと借りる、程度のもんじゃないの?


「急な話ではありましたが、わたしの従者ですもの。当然ですよ」


 言って、姫様はポケットから階級章を取り出した。


 僕をそれを受け取るために、姫様のもとに歩み寄る。


「ではレイヴ。あなたを我が魔王軍、軍曹に任命致します。弱き民を守るため、力を尽くしてくださいね」


 姫様が見せてくれ笑顔に、僕は大きく頷いた。


「はいっ」


 レムが僕の手をにぎる。


「では姫様、アミラ様も参りましたので、我々はこれで。レイヴ様、従者用の天幕へ参りましょう」

「うん。じゃあ姫様、僕はこれで失礼します」

「はい、明日からよろしくお願いしますね。レイヴ」


 姫様と笑みを交わし合ってから、僕とレムは天幕をあとにした。


 天幕からは、アミラが人間軍の取っている戦略について説明している。


 なんか、僕が階級章を貰ったあたりからアミラの機嫌が悪いような気もしたけど、まぁいいや。


 アミラの言う通り、アミラはお姫様でエリート中のエリート。対する僕はただのお飾り。同じ従者って言っても、そうそう顔をなんて合わせないよね。


   ◆


 十日後。戦場についた僕は、アミラのすぐ隣に立っていた。ピムは僕の服のなかにいる。


 戦場は広大な平原だ。


 人間軍は去年、この平原の南に位置する街を占拠。さらに北上して、次の街を落とそうと狙っている。それをこの平原で食い止めているのがドラゴニュート族三〇〇〇の兵士だ。


 いまは僕らと合流したから軍は八〇〇〇人にまで膨れ上がっている。


 人間軍の数は七万だけど、元から魔族は人間よりも強いし、そのなかでも特に強いドラゴニュート族が主力だ。


 レムの話だと、いままでは苦戦していたけど、これなら十分ひっくりかえせるらしい。


 もっとも、姫様の従者である僕が前線で戦うことはない。いまはアミラと一緒に、姫様のいる本陣の出入り口に立っていた。


 真昼の太陽に照らされながら、アミラは軽く頬をふくらませてそっぽを向いている。


「まったく、なんでアタシがあんたと同じ役なのよ。ていうか階級だってアタシとひとつ違いじゃない。なんでアンタがいきなり軍曹なのよ」

「そうなの?」


「アタシは曹長なの。って、そういえばアンタ一般人だっけ? えっとね、魔王軍は下から二等兵、一等兵、兵長、伍長、軍曹、曹長って偉くなって、曹長までは一般兵扱いなの。曹長の上の少尉からは幹部扱いで、小隊長とかを任せられるのよ。公爵家のアタシは幹部入りが確実だけど、下の者の仕事を理解するために、あえて最初は一般兵からなのよ。本当はすぐ幹部入りなんだから」


 自慢げに胸を張るアミラに、僕は感心してからお礼を言う。


「ありがとう、わざわざ説明してくれて」

「何でお礼言ってんのよあんたは! いまあたしバカにしているんだからね。あんたとほぼ同格で同じ仕事するなんてあり得ないわよ」


 唇を尖らせて抗議をするアミラ。


 なんでだろう。アミラは品よくしているときより、こうしている方が可愛く見える。


「師匠のおかげかなぁ。僕の師匠って、たぶん結構な実力者だと思うから。魔王様とも知り合いみたいだし」

「アタシなんて知り合いどころか幼馴染よ。我がツェペシュ家と魔王パンデモニウム家だって遥か昔から深い付き合いのある間柄なんだからっ」

「アミラって本当にお姫様なんだなぁ……」


 うんうん、と僕が頷くと、アミラは口元をひきつらせる。


「そうよ、だからその呼び捨てやめなさいよね」

「え? でも姫様は僕らのうしろにいるし、ふたりきりならともかくアミラのことを姫様って呼んだらどっちのことかわからなくなっちゃうよ」

「ならアミラ様とかアミラ殿とかあるでしょ」

「あーそっか。いやごめん、いままで同年代の子を様付けする習慣なかったから」

「まったくこれだから平民は……」


 アミラは腰に手を当てて息をついた。


 そこへ、レムが歩み寄ってくる。ここは戦場なので、ゴーレムの族の第一形態、オートマトンのレムは肩にプロテクターを装備している。プロテクターからは、陶磁器製の腕が生えている。オートマトンは、陶磁器製の手足を自由に構築して、操れる種族だ。

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