第10話 魔族って巨乳が多いよね


 食事が終わると、姫様は席を立ち、レムが僕に頭を下げた。


「それではレイヴ様、姫様の初陣が決まりましたら、便りを送らせて頂きます」

「レイヴ、初陣のおりは、わたしの従者としてよろしくお願い致します」

「はい、任せて下さい」


 僕が元気よく返事をすると、姫様は優しくほほ笑んでくれる。


 姫様がレムと一緒に東屋をあとにすると、周囲から他のメイドさんたちが現れて、昼餐の食器を片づけていく。


 それにしても、姫様って本当に可愛いなぁ。


 なんて、僕が余韻に浸っていると、怖い声に酔いを覚まされた。


「ねぇあんた。なんで人間が魔界にいるのよ?」

「え?」


 声の主はアミラだった。


 姫様がいなくなると、いままでの高貴な笑みが一転、アミラは厳しい目付きと声で、僕を睨んでいた。


「なな、なんでって、え?」


 あまりの急変ぶりに、僕は軽く気が動転してしまう。


 あれ? この子アミラだよね? あの綺麗に笑っていた。


 アミラは胡散臭いものを見る目で僕を眺めながら、声を濁らせる。


「戦争になってからは商人同士の交易は途絶えているし、魔界に人間の集落なんてないはずよ。戦前に移り住んで来た人たちも、戦争がはじまったらみんな人間界に帰ったし」


 どうやらアミラは、魔界に人間がいること自体、不思議らしい。


「僕は魔女に育てられたんだ。子供の頃、人間界の森に捨てられていた赤ん坊の僕を拾ってくれたのが、いまの師匠だよ」

「ふ~ん、どこの誰かは知らないけど、モノ好きな魔女もいたものねぇ」


 眉間にしわを寄せるアミラの視線が痛くて、僕はひたすら恐縮してしまう。


「に、人間が嫌いなの?」

「あんたバカじゃないの? 人間じゃあるまいし、一種族全部をひとまとめにして好きとか嫌いとかバカじゃないの?」

「うぅ、そんなにバカバカ言わないでよぉ」

「あんた男でしょ! シャキっとしなさいよシャキっと!」


 僕が縮こまると、アミラは鋭い声で叱責してくる。


「別に人間が魔界に住んでいようとどうでもいいけど、なんであんたみたいなモヤシが姫様の従者なのよ! いーい? ティア・パンデモニウム様は先代魔王様の娘で現魔王様の妹なのよ! その近衛兵ともなれば兵士の憧れ。さらに従者ともなれば、王家ともゆかり深い一部の者か、よほど腕の立つ豪傑しか賜れない名誉ある役職なんだからね! 専属メイドのレムや、ヴァンパイア王の娘で幼少のみぎりより姫様の遊び相手を務めるアタシならともかく、あんたみたいなチンチクリンが、人間っていう理由だけで従者に選ばれるなんて……!」


 アミラは握り拳を震わせながら、ぐっと歯を食いしばる。


「さっきは姫様の昼餐を邪魔しないよう我慢していたけど……いいこと!? 同じ従者と言っても、立場はアタシの方が上なんだからね! アタシは選びに選び抜かれた本物の従者! あんたは末席を汚すオマケ! わかったわね!?」


 偉そうに胸を張ると、アミラの豊かな胸が揺れた。


 師匠も姫様もいなくなってから気づいたけど、アミラもけっこうな巨乳だった。


 魔族って立派な胸の人が多いよね。


 人間界の様子は、師匠に何度か見せてもらったけど、師匠とか、姫様とか、アミラみたいな子は少なかった。


「とにかく、あんたは姫様の遠謀深慮な計画の礎となれることに感謝して、アタシたちの足だけは引っ張らないようにしなさいよ!」


 吐き捨てるように言って席を立つと、アミラは大股で東屋から出て行ってしまった。


 う~ん、思ったよりも過激な子だなぁ。


 でも同じ従者だし、初陣のときは嫌でも顔を合わせるんだよね。うまくやれるのかなぁ。


 メイドさんたちが食器をすべて下げると、師匠がへの字口で現れた。


「あ、師匠。魔王様との話は終わったんですか?」

「んん、まぁな。それとレイヴ、お前の初陣はついていけなくなった」

「? 魔王様からのお仕事ですか?」


 師匠は胸の下で腕を組んで、うなずいた。


「うむ。あたしはティア姫の初陣までお前を鍛えたあと、別の戦場へ参戦することになる」

「師匠の力が必要なんですか?」

「ああ……現れたんだよ…………勇者が」


 師匠の声は、いままでになく重々しかった。

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