第9話 姫様とランチタイム


 昼餐の場所は、庭園に設けられた東屋だった。


 四本の石柱に支えられたドーム状の屋根は一面ガラス張りで、温かい春の陽光が挿しこんでくる素敵な空間だ。


 真っ白いテーブルの上には、レムが運んできた料理が並べられる。


「昼なので軽いものですけれど」


 と姫様は言うけど、庶民の僕からすると十分に贅沢な食事だった。


 僕はどれから食べようかと悩んで、家とは違って『いただきます』じゃないんだよね、と考える。そのとき、食事が三人分並んでいることに気づいた。


 メイドのレムも一緒に食べるのかな?


 なんて思っていると、とても上品な声がした。


「姫様、本日は昼餐にお招き頂き、感謝致します」


 首を回すと、東屋の外に金髪紅瞳の美少女が佇んでいた。


 赤色のドレスをまとった、とても気品のある女の子だった。


 姫様は親しみやすい可愛さがあるけど、その子の魅力は『高貴』のひとことに尽きた。


 姫様も綺麗だけど、この子もすごい綺麗だなぁ。


 あまりの可愛さに、思わず唾を吞みこんでしまった。


 豪華なドレスや、姫様への態度を見る限り、どこかの貴族の娘さんかな?


 女の子の姿は、まるで人間だった。ツノも羽根もないし、妙に背が高かったり低かったりもしない。


 悪魔の姫様は、耳がとがっているけど、その女の子は耳の形も普通だった。


 人間とほぼ同じ姿をしている種族はふたつ。


 レムと同じゴーレム族と、それにヴァンパイア族だ。


「こんにちはアミラ。紹介するわ。こちら、わたしの初陣に連れていく新しい従者で、人間のレイヴよ。アミラもご挨拶して」


 アミラは僕に向き直ると、ちょっとスカートをつまみあげて、軽く会釈をした。


「はじめまして、私はグールのアミラ・ツェペシュよ。幼い頃から、恐れおおくも姫様の遊び相手を務めさせて頂いているわ。私も姫様の従者なの。初陣のときはよろしくね」


 アミラの涼やかな笑みに、僕は少しドキッとした。


「レイヴです。こちらこそよろしくお願いします」


 ツェペシュ。名字があるってことはやっぱり貴族なのかな。


 普通、平民に名字はない。


 あと、グールはヴァンパイア族の第一形態だ。

 ヴァンパイア族は、もっとも人間からの偏見が多い種族で、例えば、


 十字架と聖水に弱い→ウソ。

 ニンニクに弱い→味と匂いが嫌いなだけ。

 日光を浴びると灰になる→魔法を行使するエネルギー、魔力が下がるだけ。

 血を吸わないと干からびる→吸わなくてもいいし、ヴァンパイアの恋人同士で吸う。


 ていう感じだ。


「では、失礼しますね」


 アミラが最後の席に座ると、姫様は両手をテーブルの上に乗せて目をつむる。


 姫様に合わせて、アミラと僕も両手をテーブルの上に乗せて目をつむった。


 食事に招いた側の人間である姫様の声が聞こえる。


「魔界の神よ、今日の糧を感謝します」


 目を開けると、姫様とアミラはナイフとフォークを手に、料理を食べはじめた。


 僕も、ふたりに続いて食べはじめる。


 サラダをつまみながら、アミラは姫様に尋ねる。


「それにしても姫様、どうして人間を従者に?」

「皆に、人間への無用な憎しみを持ってほしくないからです。人間にも魔族の味方がいる。そう知らしめれば、この戦争は終息へ向かうでしょう。魔族にとっても、人間にとっても」

「流石は姫様、素晴らしいお考えですわ。ところでレイヴ、貴方、腕に覚えは? 私は風属性と闇属性の魔法、あと、剣の腕なら誰にも負けないわ」


 アミラが、ドレスのフリルを一枚めくると、そこにはサーベルの柄が顔を覗かせていた。


 なるほど、スカートに穴が空いていて、鞘がスカートのなかに収まっているんだ。


 あれならドレスを着たまま帯剣してもバレない。


 隠し武器、というよりも、ドレスの外観を損なわないための工夫だろう。


「アミラの夢は、魔界一の剣士になることなの」

「そうなの。いつか四天王を務めている叔父様にも負けない、立派な剣士になるんだから」


 その言葉に、僕はフォークを握る手を止めてしまう。


「し、四天王って、あの魔王軍最強の四大幹部ですよね? もしかしてアミラって……」


 姫様は頷いた。


「ええ。アミラは魔王軍四天王のひとり、ノスフェラトゥ、ヴラード・ツェペシュの姪よ」


 僕は息を吞んだ。


 そ、そういえばヴラード様って、名字ツェペシュだっけ。


「それと、私の父上はヴァンパイア王のドラクルなの」


 って、それじゃあアミラも正真正銘のお姫様じゃないか!


 人間界と違って、魔界には国がひとつしかない。


 魔界全土を魔王サタン様が治めていて、あとは各種族の族長が、大貴族の公爵家としてそれぞれの領地を治めている。


 ただし、爵位は公爵でも、その種族のなかでは一番偉い代表者なので、便宜上『王様』と呼ばれる。


 ドラゴニュート領の領主を竜王とか、ゴブリン領の領主をゴブリン王とか。人間界では、彼らのことも魔王と呼ばれている。


 そのせいか、サタン様を各魔王たち全員を束ねる王のなかの王、ということで『大魔王』とか『魔帝』とか呼ぶこともある。


 平民の僕なんかが、姫様たちと一緒に食事をしていていいのかな?


 そんな風に緊張しながら、昼餐会はなごやかに進んだ。

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