第6話 姫と少年
「いえ、そうではありません。イアラ、まずはレイヴと話をさせてください」
「……わかりました。ご指名だぞ、レイヴ」
言って、師匠は僕の両肩を抑えて、僕を姫様と向き合わせた。
「はわわ……」
あらためて向かい合って思い知らされるけど、姫様って本当に可愛いなぁ。
姫様は、王族だけあって、庶民にはない高貴さとか、気品のようなものをまとっている。でも姫様はなんていうか、温和な雰囲気と優しい笑顔のおかげで、なんだか親しみやすくも感じた。
姫様はすっごく可愛いから、恥ずかしくて緊張しちゃうけど、お偉いさんに対する気遅れのようなものはない。
そんな姫様が、僕なんかに。先代魔王の娘で現魔王の妹である姫様が、人間の僕に柔和な笑みを見せてくれた。
「はじめましてレイヴ。わたしは魔界の第二王女、ティア・パンデモニウムです。レイヴは人間だと聞いていますが、魔界の歴史と習慣はご存知ですか?」
「んと、師匠から教えてもらいました。おおまかにですけど……」
ただ、元は人間で、それも多くの国を旅した師匠が仕切る我が家は、色々と余所の家とは違う習慣が多い。
「なら話は早いですね。ご存じの通り、かつて魔界は各種族が覇権を争う戦国乱世でした。多くの戦国武将が覇を競い、そのなかで天下統一を成したのがわたしのご先祖様、悪魔族最強の武将、初代サタン様です。現在の各種族の王も、当時の最強武将たちの子孫です」
「はい、前に師匠から聞きました。特に、鬼族のエンマ大王様の先祖は有名ですよね。確か、初代サタン様と初代エンマ様の一騎打ちで生まれた地形が十個ぐらいあるんですよね?」
最強の悪魔と鬼。大魔王サタンとエンマ大王の戦いはすさまじく、サタン様の斬撃跡が川になり、エンマ様の拳が作ったクレーターが池になり、ふたりの最強技の激突で山脈が途切れてふたつの山脈になってしまったとか。あまりの規模に眉つばだと信じない人もいるらしい。
伝説には尾ひれがつくし、僕もありえないと思う。けれど、前に師匠が酒に酔いながら上機嫌に、
『いやぁ、あのときは大変だったよ。いくらかはあたしが直したんだけどな。いくつかは記念に残しとこうと思ってね。かっかっかっー♪』
もしも本当なら、師匠って何歳なんだろう……
僕は、あまり深くは考えず、姫様の声に耳を傾ける。
「魔界における全ての王族貴族は武門の生まれであり、戦士の血を引く軍人。人間界の王族貴族が軍人に命令して戦わせるのに対して、魔界では王族貴族こそが最強戦力であり自ら軍を率いて戦う。王とはすなわち軍の最高責任者、全ての兵の規範であるべきなのです」
姫様の言う通りだ。
流石に社会構造が複雑化した現在では、王族貴族が直接最前線で戦うことは減った。主権者が討ち死になんてすれば、いろいろと面倒なのだ。それでも、自身が戦場に出て直接指揮統率するのが常識だ。
「そしてそれは、現魔王の妹であるわたしも同じ。レイヴ、年齢的に、わたしはそろそろ第二形態に進化します。そうなれば、わたしは元服の儀を受けねばなりません」
魔族の多くは、一度も進化せず、一生第一形態で終わる。でも悪魔族とか、一部の強力な種族は大人になると自動的に第二形態へ進化することが多い。
そして、王家の元服の儀がどのようなものか、僕は思い出す。
姫様の目から穏やかさが隠れ、確かな決意が宿る。
「平時と違い、戦時下における元服の儀とは、すなわち初陣。わたしは近いうちに、祖国奪回のため、人間たちの軍と戦うべく初陣をすることになるでしょう」
姫様の言う通り、いまの魔界は人間と戦争中だ。
この世界では、人間たちが支配する大陸を人間界、魔族が支配する大陸を魔界と呼んでいる。
国境を接することなく、海を隔ててそれぞれの大陸に住み分けられていた人間と魔族は、大きな衝突もなく暮らしていた。
むしろ、人間たちは人間界で、同じ人間同士で争う乱世を続けていた。
けれど五〇年前。大国の力で乱世が終わり、平和になった人間たちは、突如として僕らの魔界に軍を差し向けてきた。
人間たちが、自分たちとは姿形の違う魔族を化物扱いして嫌っているのはみんな知っていた。けれど、人間が大規模な討伐軍を送りこんでくるなんてはじめてで、一〇〇〇年以上も続く平和を享受していた魔界は大混乱に陥った。
人間の数は魔族の十倍。
魔界が混乱しているあいだに、人間たちは圧倒的な数の力で侵攻を続け、勇者と呼ばれる特別強い人間に先代魔王を殺されて、いまではとうとう魔界の南側、国土の五分の一を占領されている。
姫様の言う『祖国奪回』とは、そういうことなのだ。
「レイヴ。貴方には、わたしの初陣のさい、近衛兵として供を務めて欲しいのです」
「近衛兵って、僕がですか!?」
近衛兵とは、主人を守ることを主目的としながら、主が直接命令を下し、主の手足となって働く兵のことだ。
軍人にとっては、かなりの名誉職だ。
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