第3話 入浴後
入浴後。脱衣所で師匠の体をタオルで拭いて、新しい下着とバスローブを着させると、僕は朝食の準備をはじめた。
と言っても、下ごしらえは朝の特訓前に済ませているから、大した作業は残っていない。
師匠が新聞を読んでいる食卓テーブルに、僕はエプロン姿で朝食のメニューを並べていく。ちなみに、エプロンは師匠が買ってくれた可愛いクマ柄だ。
ベーコンハムエッグにコーンスープ、チーズを乗せて焼いたトーストに、バターロールパンだ。ガラス製のコップにはミルクをなみなみと注いだ。
このミルクは、毎朝近所に住んでいるミノタウロスのお姉さんから分けてもらっているミルクだ。
ミノタウロスの女性は、人間に牛のツノと耳、尻尾を生やしたような姿だ。十代半ばになると、母乳を出せるようになるらしい。
その味は無類で、良質のビタミンとたんぱく質が豊富に含まれている。
お姉さんは、僕が早く大きくなるようにと、昔からタダでくれるけど、最近はなんだか飲むのが恥ずかしくなってきている。
それでもお姉さんの厚意をむげにもできず、断るきっかけもつかめず、こうして僕は毎日特濃ミルクを飲むことになっている。
「うむ、今朝もよいできだな」
師匠は新聞を畳んで、隣のイスに置いた。僕が師匠の対面に座ると、僕らはその場で両手を合わせて頭を下げる。
「「いただきます」」
魔界では、両手をテーブルの上に乗せて眼をつむり『魔界の神よ、今日の糧を感謝します』と言ってから食べる。
でも師匠曰く、
『神様は関係ねぇだろ。この飯は農家と畜産家が育てたモノをお前が調理したんだ。感謝はあたしらに食われるために死んだ家畜と植物に言いな。命をいただきますってな』
らしい。まぁ、いわゆる家庭内ルールってやつなのかな。
師匠は、ナイフとフォークでベーコンハムエッグを切り分けながら、
「レイヴ。もしかすると、あたしはしばらく家を留守にするかもしれない。そのあいだも自己鍛錬を怠るんじゃないよ」
「は、はいッ」
僕が慌てて返事をすると、師匠はスプーンを手に上品な仕草でコーンスープをすくう。
つまむようにして扱うスプーンから、師匠はスープをするりと口にふくんだ。
その姿に、僕はちょっと、ぽーっとしてしまう。
師匠は美人だ。凄い美人だ。
僕はうまれて十六年、師匠よりも綺麗な人を見たことがない。
魔族は、デビルやオーガ、ヴァンパイアや獣人など複数の種族からなる多種族群だ。どの種族もびっくりするような美人揃いなのが共通点かな。
でも、魔神と契約していまでこそ魔女だけど、元は人間であるはずの師匠は、魔族の誰よりも美人だ。
特に、長いまつげに縁どられた金色の瞳に見つめられると、僕の体は石のように硬くなってしまう。
幼い頃は気にしていなかったけど、いろいろと気になってしまう今日この頃です。
「それにしても、毎度のこととはいえ、魔王城への呼び出しは面倒だな。またじーさんどもの相手をしなければならないかと思うと、いまから萎えるよ」
「え? 師匠はお城の誰よりも年上ですよね?」
昔、お城の老臣の名を挙げながら『あのクソガキ、ついこないだまで母親の陰で泣きべそかいてたクセに偉そうに』とか言っていた。
「れ~いぶ~」
師匠の両目が、ギラリと怪しく光った。
必殺の予感に、僕の背筋はしっかり伸びた。
地獄の底からすすりあがってくるような声で、師匠は僕に語りかける。
「あたしは十八歳で魔神と契約して魔女になったときから老化が止まっている、永遠の十八歳だと、何度説明したらわかるんだい?」
「ヒィッ、し、師匠は永遠の十八歳です。お肌もぴちぴちのぷるぷるです!」
師匠の殺意が治まらない。
僕は全身の毛穴から冷水を流しこまれるような寒気に背筋が凍ってしまう。
「師匠は美人でスタイル抜群で、師匠みたいな絶世の美女、いや美少女に育ててもらって僕は幸せものです! 最近は一緒にお風呂に入るのが辛いです! ハレンチで汚らわしい僕に罰を与えてください!」
僕が両手を合わせて叫ぶと、師匠の殺意がしぼんでいく。
「ふっ、わかればいいんだよ。あたしは寛大だからな」
師匠が休めていたスプーンを動かすと、僕はほっと胸をなでおろす。
でも、さっきの僕の言葉は全部本当のことだ。
師匠は凄い美人で、肌が綺麗で、スタイル抜群で……
……はうぅ。
師匠の美貌を眺めると、僕は恥ずかしくて視線をそらしてしまう。
ッ、はわわッ。
でも視線をそらした先には、師匠の豊か過ぎるおっぱいの谷間があった。僕は罪悪感で眼をつむった。顔が熱くなるのが、自分でもわかってしまう。
人間の子供レイヴ十六歳。最近、とても困った思春期真っ盛りです。
「あ、そうだ。それとレイヴ。今日はお前も魔王城に来い。姫様から話があるらしい」
「え? 僕が魔王城に?」
きょとんとしながら、僕はまぶたを上下させる。
魔界で暮らして十六年。はじめての魔王城入りだった。
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