第4話 聖剣のレプリカソードを買ったけど憧れてないぜ
そこには『レプリカソード(モデル・エクスカリバー)予約済み お客様控え』と書かれた紙きれがあった。
「…………」
俺は引き出しから今朝の新聞を取り出すと、引き出しを閉じた。
いや違う。
言っておくが、俺は他のミーハーな連中とは違う。レプリカソードを注文する奴は、勇者アーサーに憧れるミーハーなオタク野郎だ。
でも俺がレプリカソードを注文したのは、ただ使いやすそうなデザインだったからだ。
グリップの形、刀身の長さ、幅。どれをとっても理想的なデザインだった。
確かに達人は道具を選ばない。
でも、兵士なら確実に作戦を遂行するべく、よりよい装備を求めるのがプロってもんだ。
せっかくより良い装備があるのに『勇者と同じなんてやだ』などと言うのは逆にガキっぽい。俺は大人なので、たとえよりよい武器が、偶然たまたま勇者と同じデザインの武器だったとしても気にはしないのだ。
それに、俺の剣の腕前は一級品だ。
レプリカソードの素材は最高級金属のダマスカスだが、ダマスカスソードに頼るつもりもない。俺は鋼の剣でも十分に強い。
決して分不相応な武器を持つわけじゃない。
そうだ、俺は決してアーサーの野郎なんかに憧れていない。
俺は新聞を広げると、ジャンが言っていた勇者の記事を読みはじめる。
火竜の巣窟、ベスビオス火山へ勇者アーサーが挑む、か。
俺の脳裏には、幼い頃に読んだ冒険小説のワンシーンが再生される。
ドラゴンのなかでも特別強いと言われる火竜。その強さは人間の一個大隊でも敵わないと言われている。
人間が、聖剣を手にドラゴンに挑む。まるで伝説の勇者まんまじゃんかよ。
ベスビオス火山へ挑む事情を読みこみながら、俺は手に汗を握った。
勇者が弱き民の願いを聞き届ける姿を空想してから、俺は次のページをめくった。
それからベスビオス火山の現状を穴が開くほど読んで、勇者が火竜と戦う妄想を膨らませて鼻息を荒くした。
火竜のブレスはどれほど強力なのだろうか。
伝説の聖剣エクスカリバーは、火竜の鋼のウロコを突破しうるのか。
俺は新聞を置くと、両手で謎のジェスチャーをはじめてしまう。
こう、ドラゴンがばーっとブレスを吐いて、勇者がピンチになる。そこへ魔法使いが割りこんで、氷の呪文で勇者を守る。それでも相殺しきれず、勇者と魔法使いは炎にまかれてしまう。けれど僧侶がふたりを回復呪文で回復して、そのあいだに剣士が勇ましく火竜と戦い時間を稼ぐ……なんてな♪ なんてな♪
手元でよくわからない妄想劇を繰り広げてから、俺はニヤけてしまう。
しかし困ったな。今日は一日待機命令が出ていてやることがない。
昼過ぎまで落ち着かないな。
レプリカソードは、今日の昼過ぎには届くはずだ。
俺は貧乏ゆすりをしながら、下唇を噛んだ。
言っておくけど、別に俺はレプリカソードが来るのが楽しみなわけじゃない。ただほらあれだ。荷物が届く日とか、来客が来る日って落ち着かないもんだろ?
いつくるのかなぁ、って待たされるあいだのこの時間が、俺は苦手なんだ。
って、俺はさっきから誰に弁明しているんだ?
そのとき、扉がノックされて、俺は慌てて新聞を机の引き出しにしまった。
いや、新聞は隠さなくてもいいだろう。なにを慌ててんだ俺は。
「あ、開いているぞ」
「おじゃましまぁす」
物腰のやわらかい声で入室してきたのは、桃色の髪をワンサイドアップにまとめた、目の大きい可愛らしい女騎士だった。
俺の幼馴染のエルだ。エルとは同い年で、同じ村で生まれ育った。俺が兵に志願すると言うと、一緒にくっついてきた。
とは言っても、エルは俺のオマケなんかじゃない。
これでも、女騎士のなかではトップクラスの技量を持っている立派な戦士だ。
「レオン、時間あるなら、一手組まない?」
「ん、そうだな」
部屋にそなえつけられた時計は午前十時。昼までは二時間もある。ちょうどいいヒマつぶしになるだろう。
「よし、じゃあ今日もいっちょやるか」
俺は磨いたばかりの鋼の剣に触れながら立ちあがった。
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