第3話 勇者に憧れてんじゃねぇ
「最近はちょっと、誇張されているよな」
ジャン、エリック、スタンの視線が、一斉に俺へと集まる。
「まずジャンも言っていたけど、よく『ひとりで』ってフレーズ。他にも『勇者が』『アーサーが』なになにをしたって聞くけど、あいつ仲間いるんだろ? 剣士ローランとか魔法使いアレスターとか僧侶シャルルとか。ひとりじゃないじゃん。四人パーティーの活躍であげた功績だろ? なのになんで全ての手柄が勇者のひとりじめになっているんだよ?」
「それは、まぁ確かにそうですけど……」
ジャンが鼻白んでも、俺は続ける。
「それに吟遊詩人の唄っていうのは元から聴衆を引きつけるために脚色されるものだし、アーサーを主役にした演劇や小説だって同じだ。新聞だって、どこまで本当だろうな。俺らは兵士だ。公式の戦果報告書や調書以外の情報を、本物のアーサー個人が成し遂げたことであるかのようにして盛り上がるのはちょっと違くないか?」
「へぇ、隊長は冷静だねぇ」
感心するエリックに、俺は下唇を突き出す。
「お前らがミーハーすぎるんだよ。それに勇者は魔王軍の幹部を倒したかもしれないけど、それって勇者が強いからなのか?」
「隊長、それはどういうことでありますか?」
スタンが首を傾げると、俺は椅子の背もたれに体重を預けた。
「勇者パーティーの戦果は俺も認める。別に勇者をインチキ呼ばわりしているわけじゃあないぜ。でも、勇者って神だか大天使だかの、とにかく天の加護があるって話じゃないか。武器だって聖剣エクスカリバーだし。鉄を紙きれのように切り裂くと言われる伝説の剣があれば俺だって、とか調子に乗ったことは言わないけど、勇者自身の剣の腕ってどうなんだ? 新聞の情報だと、聖剣を手に入れる前は普通の剣術少年だって話だぞ?」
俺は立ち上がると、手入れが終わった剣を腰の鞘に納める。
「達人は道具を選ばない。もし、勇者が聖剣に頼っているとしたら、俺はちょっと怖いな」
滔々と語る俺の弁に、ジャンもエリックもスタンも唸って考え込む。
「おいおい、何黙っているんだよ。もう一度言うけど、別に俺は勇者アーサーはインチキだとか言う気はないからな。あいつが、いや、あいつら勇者パーティーが戦況を変えたり、魔王軍幹部を討ち取ったのは認める。ただ、現実以上の、誇大すぎる賛辞を贈るのは兵士として危険だって話だ。お前らも兵士なら、いつか勇者がなんとかしてくれる、なんて楽観視しないで、俺の手で魔王を倒す、ぐらいの気概を持てよ」
そう言い残して、俺は颯爽と談話室から立ち去った。
ドアを閉めると、談話室から三人の話声が漏れる。
「レオン隊長、硬派っすね」
「達人は道具を選ばない、か、流石は僕らの隊長だね」
「いつか勇者なんとかしてくれると思うのは楽観視か。隊長の言う通りかもしれん……」
勇者が魔王を倒してくれるという信頼が、兵に力を与えている。そう考えていたスタンの声は、酷く沈んでいた。
いやもうなんかすんません。
俺の背中に、罪悪感がずっしりと圧し掛かってきた。
でも、でもでも俺は間違ったことは言っていない。
勇者の戦果が勇者ひとりのモノじゃないのも。
ちまたで噂の活躍が脚色されているのも。
勇者の強さは天の加護と聖剣こみのモノで、本人の実力が不明なのも。
全部全部本当のことだ。
特に、加護と聖剣はいただけない。
そんなのがあれば誰だって活躍できる。
なのに、どうしてみんな勇者個人を褒め称えるのか。まったくもって納得できない。
いらだちを噛み殺しながら廊下を歩いていると、一枚の張り紙が目についた。
それは王都でも有名な、大型デパートの張り紙だ。
デパートとは、王都を含めた大都市にしか存在しない、超々大型複合商店のことだ。
小国の王城にも匹敵するサイズの建物のなかに、武器屋、雑貨屋、服屋、薬屋などがみんな詰まっている。
張り紙には、勇者アーサーが持つ、聖剣エクスカリバーのレプリカを一〇〇本限定で販売するとある。素材はダマスカス。一般に流通していて、人間が作り出せる最高級の金属だ。ダマスカス製の装備は、全兵士の憧れで、一流の剣士が持つ剣はダマスカス製が多い。
値段は二等金貨三六枚(三六〇万円)。俺の年収分もある。
俺は張り紙を剥がすと、まるめて廊下のゴミ箱に叩き込んだ。
どうせ予約の申し込み日は過ぎているのだ。誰も文句はあるまい。
俺は余計にいらだちながら、自室を目指して廊下をツカツカと歩き続ける。
何が勇者のレプリカソードだ。
あんな勇者のコスプレグッズに立派な馬と馬車を買えるだけの金を払う奴は馬鹿だ。それも底抜けの馬鹿だ。
王軍の兵士は、軍から鋼の剣を一本支給される。そこらの貴族の私兵とは違い、王軍だけになかなか質はいい。
俺はこの剣で多くの盗賊を、反逆者を、ゴブリンを、オークを、そしてキマイラやマンティコアを討ち取ってきた。
鋼の剣に、不足を感じたことなどない。
俺は私室に戻ると、仕事机の椅子をひいてドッカと座る。
そうだ、あんなレプリカの、言ってしまえばニセモノソードを欲しがる奴はピエロだ。どうせアーサーを主人公にした吟遊詩人の唄に踊らされて小説に騙されている頭の軽いミーハー連中に決まっているんだ!
俺は荒っぽく机の引き出しを開けた。
そこには『レプリカソード(モデル・エクスカリバー)予約済み お客様控え』と書かれた紙きれがあった。
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