第31話 出撃
軍属であるライナは、当然に着慣れた軍服の袖に腕を通していた。
とは言ってもコートの前を大きく開き、伊達メガネと無宗教家なのに十字架の首飾りを個人認証のドックタグと一緒に首に掛ける。
ズボンのポケットには銃の弾を詰め、手には指の第二関節から先の無い丈夫な手袋をはめる。
コートの中にはスラッグガンと呼ばれる命中率よりも威力を重視した銃を二丁忍ばせておく。
どちらもライナ独自の改造がほどこされており、その威力は戦車の主砲と遜色ない物だが一般人が使えば両手で、それも腰を落として撃ったとしても反動で両肩と腕の骨が確実に砕け散る。
もっとも、ライナはそれを片手で連射するのだから驚きだ。
そして、ここには無いが、全長一八〇センチメートルの大剣も用意をしてある。
大剣そのものは軍から支給され、一般兵も持っているが、ライナのソレは強度と重量が二倍にも強化され、大きさも二割増しの特別製であり、戦場ではそれを背中に挿すつもりである。
「…………」
これから起こる戦いのことを考えながら、ライナは無言のままに部屋を出た。
ロイの装備はリアの次に軽装で、動き易さを重要視している。
靴紐を二重に結ぶのは勿論のこと、服装はいつも通りのハーフパンツとノースリーブのシャツ、両腕の肘から手首までを包帯で巻き、左腕にはその上からガントレットをはめて腕を保護する。
ライナ同様に指の第二関節から先の無い手袋をはめて、首からは、両親の形見である首飾りをした。
武器であるチェーンソーは昨日リアに改良してもらい、回転速度と馬力を一,五倍にまで上げた。
当然に対象と接触した時の反動は上がり、下手をすると刃が自分に跳ね返ってくる可能性すらあるが、危険は覚悟の上だ。
用意が整い、ロイは握り拳を作り、何度も力を入れ直してその感触を確かめる。
「よし、ほんじゃ、ケンカ祭に行くとするか」
こうして、戦支度の整った三人の解体屋と一人の軍人は家を出た。
――午後一〇時――リブル共和国軍、現地到着――
地平線の果てまで続く荒野、雲ひとつ無い快晴の下で、人間達は機械の巨人達へと今挑む。
遮蔽物の少ない荒野を一陣の風が抜けると舞い上がった砂埃が兵士の視界に一瞬だけ映った。
此度の戦で巨神の軍勢と戦うために出陣した兵士は全部で一万と三五六人である。
兵の配分は歩兵が六千、重装歩兵が兵一千五百、射撃兵が一千五百、一台に四人の兵が乗ったガトリング付きの軍用車二二〇台、一台に三人の兵士が乗った戦車が三五台、そして将軍が一五人の計一万人と三五六人の解体屋となっている。
歩兵はカイとよく似た鎧に身を包んでいる、とは言っても、カイの鎧自体が軍にいた頃の改造なので当たり前と言えば当たり前である。
ヘルメットには三桁の数字が入っており、左から順に大隊番号、中隊番号、小隊番号をあらわしていて、手には全長一五〇センチメートルの大剣が収まっている。
重装歩兵は歩兵の鎧をより厚く厳重にした物で、ヘルメットは顔全てを覆うフルフェイスタイプである。
歩兵よりも体格の勝る兵が担うポジションだけあり、装備は右手に大剣、左手に巨大な盾とかなりの質量がある。
射撃兵の鎧は歩兵と同じ、そして装備は両手持ちのスラッグガン、威力は戦車にこそ及ばないものの、普通の兵士が装備できる火器の中では最大級の五〇口径の物を使用している。
軍用車には専用の射撃兵、近接兵、砲撃手が各一名、そして運転手が一名。
戦車は操縦者と砲撃手と通信兵の三人で構成されている。
当初の予定通り、射撃部隊と戦車体、軍用車隊は首都から離れた丘の上に、それ以外の兵士は皆、丘の下で待機している。
近接戦闘を主とするロイ達は丘の下でライナと共に敵を待ち構えていた。
「そういえば大佐は自分の部隊を率いなくていいのかよ?」
解体屋であるロイ達と一緒にいる仮にも大佐であるライナは明らかに異常な存在だろう、するとライナはいつものように眼鏡をクイっと上げなおし、空を見た。
「まっ、オジサンは敵の要塞の中で自由に暴れ回るために部隊は部下に任せてあるのさ、それに部下のお守しながら作戦とかメンドクサイしね、オジサンはロイ君たちの後ろから明るく楽しく行かせてもらうさ」
「楽しくって、大佐殿、これは遊びではないのですよ」
「ハハハ、冗談冗談、実はオジサン達の後ろにいる兵士は全部オジサンの部下なのさ、つまり、ここがオジサンの定位置ってわけ」
「へー、ライライの子分て結構いるんだね」
ライナの背後の兵士立ちを眺めながらリアがそう言った。
「まあ、実際はオジサンも将軍達の命令で兵を動かすことが多いと思うから、大したことはできないだけどね」
感心するリアにライナが返答すると、カイは表情をさらに引き締め、ライナに耳打ちをする。
「ところで大佐殿、先日の男ですが、あれから何か分かりましたか?」
「いや、あれからマーちゃんも結構調べたみたいだけど、結局は何もわからずじまいさ、今日の作戦のこともあるし、マーちゃんもたいして気にとめている様子は無かった。でも、オジサンはどうも気になるんだよね」
「と、言いますと?」
ライナは太陽光で眼鏡を怪しく光らせ、口元を緩めた。
「今、うちの国には敵がいないから軍に忍び込む理由が無いって言ってたよね? じゃあ敵がいないなら、オジサン達はこれから何と戦うんだい?」
その言葉に、カイはハッとして口を抑えた。
「いや、ですがそれは……」
「そろそろ時間だね」
カイが戸惑っている間に、ライナは再び眼鏡を上げ直し、やや視線を上げた。
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