第30話 回想3
視界には紅い空が広がっていた。
今は朝のはずだった。
ロイは家から学校に着いて、ミシェル先生に会って……
「っ……」
ふらつく頭を抑えながら仰向けに倒れていた体を起こし、周囲に目を配る。
「…………なんだよ……これ?」
全てが紅い、周囲の全てが、町の全てが炎に包まれ、天上に届かんばかりに燃え上がっていた。
今、目の前で学校の前に建っている家が燃え落ちる。
平行四辺形がそのまま潰れるように原型を失った家の近くには倒れたまま動かない人々が倒れていた。
視界をゆっくりと動かすと、眼鏡をかけた女性が口から血を吐いたまま寝ていた。
その女性はまぎれもない、先ほどまで自分と話していたミシェル教諭である。
「リアッ! リアッ!」
名を叫びながらリアを探すと少女は校門の中、学校の敷地内に倒れていた。
「リアッ!」
もう一度大きく呼んで駆け寄ると、リアは僅かに反応して眼を開いた。
「あえ? リョイにぃ、暑い……」
「良かった……くっそ、一体何がどうなってやがるんだ」
リアの無事に安堵してから悪態をつくとロイの脳裏に、死から一番遠く思える人物の顔が思い浮かぶ、だが、ロイは幼いながらも、悪い予感ほど良く当たると心得ていた。
ロイは意識のハッキリしないリアを背負うと息をするのも忘れて家に引き返した。
「ハァ ハァ ハァ ハァ!」
町を焼き尽くす業火の道を走り抜ける途中であらゆるものが視界に入ってきた。
消し炭と化したヒトガタに内臓や筋肉が剥き出しの人間、聞いた事も無いほど恐ろしい苦痛に歪んだ声とゾンビさながらに町を彷徨う人々、友人達と遊んだ公園も、よく登って家々を見下ろした背の高い樹も、全て焼けてその身を崩す。
全てが初めて見る光景、全てが初めて聞く音、一秒一秒全てが人生最大の衝撃の嵐だった。
見えた。
ほんの数十分前までいた我が家がとても懐かしい、家にまだ火の手が上がっていない、父さんと母さんは生きている。
そう確信してロイが両親の名を叫ぼうとした時だった。
空から人間ほどの円筒形が家に突っ込んできたかと思えば、家は一瞬で爆炎に包まれてロイの希望を刈り取った。
『――――■■■■■――――■■■■■』
円筒形が飛来した方向から聞こえてきた初めての音の主へ眼を向ければ、そこにはまたも人生初めてのモノが立っていた。
人間の一〇倍以上はあろうかという、あまりに巨大な機械の巨人、右手には小屋ほどもある大鉈(おおなた)を握り、左手には鋭い三本の鉄爪が炎の光を反射している。
胸部から生えている大砲の砲口からは、まだ撃ち出したばかりである事を証明する煙が上がっていた。
ロイは絶叫した。と、同時に世界が歪んだ。
足元が無くなり、リアと共に奈落の底へと落下する浮遊感に寒気を感じて、世界が回った。
「………………」
昔の夢に、ロイはしばし耽(ふけ)り、夢の続きに当たる記憶を掘り起こした。
町が滅び、全てが焼け野原に帰した後、ロイとリアは避難所で過ごした。
何日も、何週間も待って、待って、待って、新しい生存者が運び込まれるたびに両親ではないかと確認したが、ロイの両親も、そしてリアの両親も避難所に来ることは無かった。
随分と昔の夢を見たものだと頭を二、三度掻いてから起きようとして、自分が床の上に寝ていると気がついた。
最後の浮遊感は本当に落ちたのかと自嘲して一緒に落ちた掛け布団を剥がすと、下着姿のリアが自分に抱きついたまま眠りこけていた。
「小動物が……」
ロイは口の端を痙攣させながら怒りに任せてリアを引き剥がしにかかった。
――午前五時――
爽やかな朝日を浴びながらカイは布団から抜け出し、武器や防具の確認をした。
ライナは一〇年前に撮った仲間達との集合写真を軽く撫で、死んだ同僚達に思いを馳せて私室から出た。
ロイは無理矢理しがみついてくる半裸の妹(リア)を引き剥がそうともがいた。
リアは必至にしがみつくも兄(ロイ)に引き剥がされ、床を転がった。
四者四様の朝を迎えて、決戦の一日は始まった。
さすがに今日ばかりは皆の気の引き締め方が違った。
カイ以外の普段はうるさい三人は、無口とはいかなくとも朝食時も含めて朝から口を開く数はいつもよりも少なく、そして話すことは全て今日の作戦に関連したことばかりであった。
――午後六時――
朝食を終えた四人は私室で戦支度に取り掛かる。
リアの装備は一番軽装で、靴紐が決して解けぬよう二重に固く結び、ホットパンツに通したベルトには巨神用の大ぶりな工具を挿していく。
手には皮手袋、額にはお気に入りのゴーグルを着け、特大のハンマーを肩に掛けて鏡の前に立って可愛く笑った。
「よし、完璧完璧っと」
それに相反して、カイの装備は一番重装である。
軍属時代に使っていた国からの支給品を除隊の際にそのまま譲り受けた鎧は、自分が使いやすいように改造してもなお、全身の九割を覆う物である。
今回は首から下全てを隠す黒く、丈夫な布地のスーツを着てから、その上に鎧を着込む。
金属制のブーツは足の先から膝まで、そしてフトモモの前面を守る。
下腹部と腰部を守るパーツに胸部、肩部、脇腹、そして首元まで包み込むプレート。
ガントレットは肘から五指それぞれの付け根までを保護し、鼻から上を隠すヘルムはいかなる衝撃をも吸収する。
カイがアレンジで付け加えた腰、肩、頭部の左右後ろから垂れ下がる布は防刃の効果がある。
布や糸が切れ易いのはピンと張っている時に限定されるため、ヒラヒラと垂れ下がっている布は敵の斬撃系の攻撃全ての威力を殺すのだ。
槍は改造し、先端には円錐状のドリルが取り付けてあるが、その逆側の端には普通の槍のような刃を取り付けておいた。
これで敵を切り裂くことも貫く事もできるというわけだ。
「今回の戦い次第では、軍に戻るのも悪くはないか……」
ロイが聞いたら卒倒しそうな言葉を口にして、カイは槍を手に取った。
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