第29話 回想2


「にぃにぃにぃにぃリョイにぃにぃ」

「来やがったなこの小動物、いい加減ロイって言えよ」


 子供ながらにドスをきかせた声と表情で詰め寄るも身長一メートル未満の幼子は無邪気に、にぱーと笑って「リョイ!」と元気良く言った。


 幼女の名はリア、やたらとロイになついており、まだ学校に行く歳ではないのだが家を抜け出してはこうやってロイの家にやってきて学校までついてくる。


 当初は彼女の両親が部屋から出られないようにもしてくれたが、どれほど厳重な監視体制を整えても見事に抜け出してしまうため、今では放任状態である。


 学校も最初は保健室に連れて行ったり親に引き取りにきてもらっていたが、休みの日を除けば一日も欠かさずに学校にくるため、先生が世話役を無理矢理ロイに押し付け、学校に来るのを認めてしまっている。


「にぃにぃ」

「だから俺はお前の兄ちゃんじゃないっての」


 いつも通り頭の上で、はしゃぐリアに辟易し、ロイは通学路を力無く歩く。


「リョイにぃきんきん、きんきん」

「だぁーもう、金髪なら他にもいるだろ、なんで俺なんだよ……、リア」


 途端に真面目な声に変わるロイにリアは「うん?」と言いながら上から顔を覗き込んでくる。


「お前は将来巨乳美少女になるのか?」


 問われた僅か四歳の幼女は「う~」と考え込んでから。


「わかんにゃい」


 と答えた。


 こんな子供に何を聞いているんだとロイ自省して学校へと歩を進めた。





 遅刻五分前だが特に焦ることの無いロイ、校門に向かって全力で走って行く友人達を眺めながらロイは優雅に答える。


「やれやれ、学校なんかに体力使ってご苦労な人達だねえ、よく見てろリア、あれが駄目な大人への一歩だ」

「ダメなおちょな?」


「そうだ、ああやって学校という組織に縛られ己の人生という最高の財産を汚染され、奴らは校則や親の教えという我らの純潔を汚す悪しき呪詛に惑わされて社会と言う名の独裁者達の傀儡と成り下がったこの世の敗者なのだ! !立てよ国民!」


「ロイ君」


 ずいっと登場した顔にロイは朝の出来事をデジャヴしながら後ずさる。


「うっわっミシェル先生、最悪の朝だ」


 ミシェルの眼鏡がキラリと光る。


「最悪とはなんですか最悪とは、そして何いたいけな少女を堕落させようとしているんですか、先生そんなの許しませんよ!」

「だまれ学校の手下のくせに! 減俸やボーナスという言葉に束縛された自由無き愚民に俺は止められないんだよ!」

「そんなのはただの言い分けです!」

「はっ、これだから胸の小さい女は器も小さくて困る、だから嫁の貰い手もないんだ」


 途端に、ミシェルの顔がタコのように赤くなり、拳を振り上げて怒鳴る。


「なっ、先生の胸の大きさと結婚できないのは関係ありません! それに先生そこまで貧乳じゃありません!」

「何言ってんだか、先生がBカップじゃなくてAAカップだっていうのは入学式の日に俺の父さんが一目で見抜いているんだよ! 『あの先生の分厚いパッドなら弾丸からも身を守れるな』ってな、教師のくせに嘘つくなんて恥を知れ!」

「ななっ!?」


 最大の秘密を見破られたミシェルは動揺し、ロイの頭の上で「ミチェルはぱっど」と楽しげに笑っているリアの表情が追い討ちとなる。


「リ、リアちゃん、それは忘れましょうね、それ言われると先生凄く困るの」


 まくし立てながら栗色の髪と瞳が激しく揺れ、なんとかロイに反撃をしかける。


「言っておくけどねロイ君、私は貧乳でも負け組みなんて思ってませんよ、胸が軽い分マラソン速いし服伸びないし肩こらないし鞄食い込まないし学生時代ブラを買い換える必要なかったし揺れて痛くならないし、それからそれから……」


「何言ってるんすか先生! ウチの母さんは胸の差で先にゴールライン超えて陸上部に勝ったし、服が伸びたり下着のサイズが合わなくなるからこそ男に『新しいの買って』とか『選ぶの手伝って』て言えるし肩がこるから男に『肩揉んで』とも頼める! そして何よりも!」


 ビシッとミシェルの顔を指で指してロイは力の限り叫ぶ。


「鞄の紐が食い込んだり揺れたりで胸が変形するのに男は魅力を感じるんだよ!」


 ピシャ―ン!!


 とミシェルの中で効果音が鳴って全身を雷に撃たれたような衝撃走り「はうあっ!」と言いながら仰け反った。


 もはや彼女に勝てる術(すべ)はない、自身の持つ貧乳の利点という刀全てを抜き放ちなおその全てを跳ね返した少年、七歳にして悟りを開いた麒麟児ロイ・サーベストの前に今、貧乳女教師ミシェルは完膚なきまでに滅ぼされたのだ。


 バタン、と盛大に倒れ、涙を流しながら現実逃避を試みるミシェルの横をロイとリアは悠々と通り過ぎて行った。


「リア、正義は勝つだ、よく覚えておけ」

「正義はかちゅ!」


 残されたミシェル教諭は一人「嘘よ、そんなの嘘よ、私だって需要あるもん」と延々に呟き続けていた。

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