第21話 セントラルシティ
「よし、ロイとリア、二人とも完治だな」
「やれやれ、開放された気分だな」
カイに体の包帯をはずされながら背筋を伸ばすロイに、早くもリアが飛びついてきて、それを受け止める。
「わーい、これで遠慮なくお兄ちゃんに抱きつけるね」
「ケガ治ってなくても抱きついてただろ、なんにせよ、お前に傷跡が残らなくて良かったな」
体を押し付けてくるリアのフトモモ、前回の戦いで斬られた部位を見ながらロイは安堵する。
「ただでさえ嫁の貰い手あるかわからないメカオタクなんだから、体ぐらい綺麗にしとかないとな」
ロイの感想を聞くとリアは顔を赤くし、抱きつく腕に力を込め、ロイの体を締め上げる。
「むぅー! いいもんいいもん、お兄ちゃんがもらってくれるまで売れ残り続けてやるんだから!」
「お前はいつまで兄貴に手えかけさせる気だ! 俺はさっさとカイとラブラブに過ごすって決めてんだから人の人生設計狂わすな」
言いながら、病み上がりだというのに全力でリアを引き剥がそうとするロイ、そしてそれを必死に耐えるリア、ギチギチと筋肉を軋ませながらバカブラザーズの争いは、やはり第三者の言葉で崩れる。
「ロイ、悪いが私としてはお前にはリアと結婚してもらったほうが平穏に過ごせるのだがな」
精神的ショックでロイの筋力が弱まった瞬間、勢い余ってリアの額がロイの顔面に直撃、ロイは謎の奇声を発しながら顔を抑えて床を転げ回った。
「完治したばかりだというのに暴れるな、セントラルに着くまではゆっくり休んでいたほうが……」
目線を落すと、転がっていたロイが足元で自分を見上げているのに気がつく、自分はスカートではなく七部丈のズボンなのだから下から見ても嬉しい光景は見えないはずなのだが、とカイが思っているとロイが一言。
「カイの胸はやっぱ下から見たほうが壮観ごぶハッ!」喉を踏まれる。
「大佐殿、燃料節約のために艦をコイツに引かせるというのはどうでしょう?」
元気の有り余ったロイをぐりぐりと踏みつけながらさらりと恐ろしいことを言うカイの提案に、リアに代わって艦の運転をしていたライナはおもわず失笑を漏らす。
「はは、それは名案だね、ロイ君、ここは一つリハビリといかないかい?」
「冗談じゃねえっつの」
毒づきながら立ち上がるロイにはすでにリアが肩車状態で乗っていた。
連続失踪事件のあった立ち入り禁止区域での戦闘から三日、ライナが部下達に事後処理に来るよう連絡をいれてからロイ達はライナの持ってきた大きな方の仕事をするべく、首都であるセントラルシティに向かっていた。
普通の人間だったならば全治一、二ヶ月はかかる傷を三日で完治という化物じみた回復力は解体屋ならではのものである。
とはいっても、ロイとリアの場合は解体屋の中でもトップクラスの再生力を誇っている。
「でもセントラルに着く前にケガが治って良かったねお兄ちゃん」
「まあ俺ぐらいの解体屋にもなればあの程度のケガはどうってこと――」
「バカは風邪をひかないだけじゃなくて傷の治りも速いんだねぇ」
「んだと、俺がバカだっていうのかよ大佐」
「私も大佐殿の考えには賛成だ」
「って、カイまで……酷い……」
わざとらしく涙を流し、落ち込むロイの頭をリアが「よしよし」と言いながら撫でてやると『バカは風邪をひかない』と、ノイズ混じりにライナの声がまた聞こえる。
「んっ、今のは?」
「オジサンじゃないよ」
『バカは風邪をひかない』
声のほうに首を向けると、そこには立方体の体に半円の頭、まぎれもない、前の戦いでリアお持ち帰りしたチビ神兵である。
どうやら内蔵されている録音システムでライナの言葉を繰り返しているのだろう。
『バカは バカは バカは バカは』
連続バカ再生にロイは眉間にシワを寄せる。
「てんめ、この大福! その録音機能で喋るのやめやがれ!」
『助平につける薬は無いな』
今度は昨夜カイがロイに言った言葉を再生するチビ神兵、ロイは青筋を額に浮かべて、むんずと掴むと、そのままチビ神兵を投げ飛ばそうと振りかぶる。
「ちょっとお兄ちゃん、そんなことしたらチーちゃん壊れちゃうよー」
頭の上で騒ぐリアの静止も聴かず、ロイは巨神達が暴れる前までは盛んに行われていたベースボールのキャッチャーよろしくチビ神兵を壁に向かって投げ飛ばすが、ガシャンと音を立てて華麗にバウンドしてチビ神兵はロイの顔にヘッドバッドじみた突撃をしてロイはよろめき、リアを肩車したまま握り拳を作り、だが同時に……
『あーあ、どうしたらカイの』
録音はそこでピタリと止るのだが、ロイの額からは大粒の汗が流れ、震える拳を下ろす。そう、それは紛れもなく、彼が自室で思わず呟いてしまった言葉であり、カイやリアな
ど女性陣に聞かれようものなら冗談抜きで腹をドリルで抉られる内容であった。
もっとも、いくら深夜の自室とはいえ、そのような発言をするロイの自業自得とも言えるのだが……
「どうしたチビ神兵、ロイはなんと言ったのだ?」
「いやいやカイさん、そんな別にいいじゃないですか」
腰を低くしてまくしたてるロイだが、生憎とカイはそこまで甘くない。
「しかし、私の名前が出ているではないか、気にするなというほうが無理だ、お前は私の何をどうしたかったのだ?」
「ボクも気になるよー」
「あはは、もしかして放送禁止用語かな」
怒涛の波状攻撃にロイの防御壁は破壊寸前、脳内歩兵達もこれ以上は誤魔化せませんと軍師に絶賛報告中である。
しかし、カイのナニをどうシタいかなど、言えるはずも無い、諸悪の根源たるチビ神兵はテーブルの影から顔半分を出して、表情が無いのにこの現状をせせら笑っているように見える。
(おっ……俺は、俺はどうすればいいんだ)
女性陣からの圧力で潰れる寸前のロイ、それを眺めるチビ神兵が小刻みに震えながら失笑を抑えている(?)
その瞬間、ライナが「おっ」と言って眼鏡を上げなおす。
「みんなー、セントラルが見えてきたよー」
渡りに舟とはこのことだろう、カイに続いてリアを肩車したままのロイも窓に近づき、セントラルの姿を肉眼で確認して、それからライナは問い直す。
「言っておくけど、引き返すなら今のうちだよ、巨神の軍勢との戦い、生きて返れる保障は神様だってできやしない」
しかしロイはそんな質問を愚問とばかりに鼻を鳴らしてやる。
「ハン、何ボケたこと言ってんだよ、巨神の軍勢との喧嘩祭、こんなおいしいチャンスを逃すわけねえだろ?」
「ボクはお兄ちゃんの行くとこならどこでもいいもん」
「敵前逃亡は騎士の名折れ故、断る理由がありません」
三者三様の反応に口笛で応え、ライナは艦のアクセルを踏み込んだ。
「ほんじゃ、行きますか」
艦はセントラルシティに向けて速度を上げ、全力で解体屋を死地へ赴かせる手助けをした。
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