第20話 ボス討伐
「ド畜生が、ふざけんじゃねえ!」
二つのチェーンソーを同じ入射角で同時に当て、見事に四枚の刃を切り裂いた。
が、そこでチェーンソーの回転数が僅かに減り、いつもとは違う、不吉な音が鳴り始めた。
心の中で「マズイ」と言って奥歯を噛み締めた。
迫る二二撃目、限界の武器、だが動けぬリア、ならば迷う必要は無しと得物に最後の仕事をくれてやるロイ。
「クソッ……」
弾かれた巨腕と一緒に目に映るチェーンソーは砕け、鎖刃はその場に千切れ落ちて、本体は二、三度振動してから機能を停止した。
三本の腕は、それぞれに生えた四枚の刃こそ失っているが、今までの攻撃で沈黙した腕はただの一本も無い。
当たり前のように続く連続攻撃、無情な鉄の行動に、ロイは素手で向かう。
家屋を破壊する巨神の一撃を、ロイはその拳で弾き、その肉体で受け止め続ける。
「ぐっ……つっっ!」
痛みで気が遠のくがこの程度で気絶してたまるかと自らを頭の中で叱咤し、ロイはリアの前に立ち続ける。
背後から聞こえる音の変化にリアが振り返ると、そこには鋼の腕を生身の体で受け止める兄の姿があった。
「何やってるのお兄ちゃん!」
「いいからお前はさっさと電力落せ」
「そんなことより、やめてよ! こんなことしたらお兄ちゃん死んじゃうよ!」
「うるせえ」
そこでカイもロイの行動に気付き、声を張り上げる。
「ロイ、お前死ぬ気か!?」
「こうしねえとリアが危ねえだろうが」
「じゃあお兄ちゃん、あたしを抱えてもう一度逃げて!」
「お前を抱えたままじゃどのみち最後まで逃げ切れねえ……」
「ッッ……」
涙が溢れるリアの目の前でロイはなおも立ち続ける。
一撃ごとに皮膚が裂け、血が飛び出す。
ガクガクと震える足を見れば、ロイの体にも限界が近づいているのが分かる。思わず視線を落としたリアの目は砕け落ちたチェーンソーを捉える。
ロイも同じになってしまうのかと思うと、本当に胸が張り裂ける想いだった。お願いだからやめて欲しいと、リアは泣いて懇願した。
「だったら、あたしを置いて逃げてよ……お兄ちゃんがあたしのせいで死ぬなんて、あたしそんなの耐えられないよぉ…………」
ロイはずっと一緒にいてくれた。幼い頃から、いつも一緒で、両親が死んだ後も俺はお前の兄貴だと言って自分を守ってくれた。
血が繋がっていなくても、ロイはリアにとって、本物の兄妹(けいまい)以上に大切な存在なっていた。
そのロイが自分のせいで死ぬなど、それだけはあってはならない、なのにロイはリアの訴えを振り払う。
「うるせえな! 俺はなぁ、お前を含めてどこの誰になんと言われようが!」
一呼吸置いて。
「自分の妹を見捨てる兄貴にはなりたくねえんだよっ!」
あまりにも単純な思い、あまりに素直な気持ち、ただ兄として妹のために体を張って何が悪いと、ロイはリアの前に佇み続けた。
『『『■■■■■■■■■』』』
三本の腕は同時に振りかぶり、そして全く同時に突貫を試みる。
一本でも弾くのがやっとだったのに、今度はその三倍、まして今のロイは武器を失い、肉体も悲鳴を上げ始めているのだ。
絶体絶命とはまさにこのことだろう、だが当然に、ロイは燃え尽きることを知らぬ闘志をその目に宿したままに立ち向かう。
「来いッッ!」
『『『■■■■■■■■■■■■■■』』』
エンジン音とギア音が入り混じる鉄の嵐、それに向かうは生身の人間ただ一人、あまりに絶望的な状況に救いが差し込んだのは鉄の腕がロイに当たる二メートル手前の瞬間だった。
その存在を感じ取ったロイは半ば反射的に攻撃対象を一本に定め、殴り飛ばした。
残りの二本の攻撃は喰らってしまうが、それも弾かれてロイから遠ざかる。
「やれやれ、本当に世話の焼ける奴だ……」
「ほんとだねぇ」
ロイの左右に降り立ったのは、先ほどまで別の腕と戦っていたカイとライナだった。
「お前ら、どうして……」
「なんとか一本は倒したから逃げられただけだ」
「じゃあ武器の無いオジサンはリアちゃん手伝うから、二人ともよろしくね」
「俺も素手だってこと忘れるなよな」
さっさと背を向けるライナをロイが睨むとカイが肩に手を置いてくる。
「安心しろ、三本は私が引き受ける、それに、いくら素手とはいえ、私とお前が組んで負けるわけがないだろう?」
柔らかく笑いかけるカイの姿にロイは全身の痛みが緩和され、握り拳を硬くする。
「当たり前だ、お前と一緒なら死ぬまで拳を振るってやるさ」
「……くるぞ」
『■■■■■■■■■■■■■■■■■』
それから始まったのは悪夢の暴風雨。
止らぬ五本もの巨腕から繰り出される連撃はもはや人間の肉体でどうにかできるエネルギー量を越えているが、カイはそれを力ではなく技で軌道を逸らし、制空圏を侵す全てを受け流していき、それでも受け流せそうにないモノは直接弾く。
ロイは傷ついて拳の中に蹴りも混ぜて弾いていく。
二人の槍撃と打撃に巨神の腕は一度振るわれるごとにダメージを受け、砕けた部品を部屋に撒き散らしながら徐々に動きを鈍らせていく。
それでも、ロイとカイのほうが消耗の速度は速い、だが、この時はそう長く続くものではない。
五本の腕全てが一丸となり同時に突進してくる。
「単体が駄目ならやはりそうくるか、機械の考えることは単純だなロイ……」
「ああ、悪いけど、うちの機械オタクをナメんじゃねえよ」
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』
鉄の咆哮を挙げて振りかぶる巨腕、それが最大速力で動こうとした瞬間だった。
ロイの背後から「終わったよ」と声が聞こえ、続けて部屋の電気が落ちて、補助電力だけで付いているオレンジ色の弱い光が室内を染める。
補助電力程度で動けるはずもない五本の腕は重力に引かれるまま落下、余力でロイ達に向かって少しの間は進んだが、床の上を滑りながらロイの足元で完全に停止した。
それを確認すると緊張の糸が切れたロイは後ろに垂れ込んだ。
「やれやれ、やっと終わったぜ」
「よくやったなロイ」
カイの賛辞を受け、ロイが満足げに笑うと、仰向けに倒れるロイの顔をリアが覗き込んできた。
いつも以上に可愛く笑う妹の口は嬉しそうに抱きついた。
「やったね、お兄ちゃん」
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