第12話 那須与一VSアレクサンドロス大王
何故だろう。
俺はこの時、不思議なくらい冷静だった。
さっきまでは大我の非常識な力に怯えて、傷つく舞華の姿に心が痛んで、その上史上最強レベルの軍勢が現れて絶体絶命なのに、それほど怖いとは思わなかった。
多分それは、
「下がるぞ舞華!」
「え?」
「公園のもっと奥に行くぞ」
舞華の手を引っ張り、俺は広い公園のさらに奥へ走りながら召喚の準備をする。
背後からは長槍を前に突き出し走るギリシャ軍。
「舞華、織田弓兵軍で連続攻撃頼む! 木盾!」
言いながら、俺は人間より背の高い木製の盾を横一列に何十枚も召喚する。
もっとも、盾と言うよりも見た目はただの壁だ。
矢を防いだりするのに使ったシロモノだが、俺の目的は別にある。
続けて舞華が四〇人ほどの弓兵を召喚、一斉に矢を番(つが)えた。
「小癪な、そのような板切れで征服王の槍を防げるとでも……ぬ!?」
銃と違い、弓は山なりの軌道を描く。
巨大な盾に隠れながら、斜め上に放った四〇の矢は頭上から征服王の軍勢に襲い掛かっているだろう。
「そのまま続けていてくれ!」
「待って、どこに行くの!」
弓兵部隊に連続投射をさせたまま、舞華は俺の後ろからついてくる。
霊力のおかげで強化されたギネス級の俊足で、俺は並ぶ盾の一番端へ向かう。
「アレクサンドロス軍てさ、王様本人の圧倒的なカリスマ性に惹かれて最高の士気を維持していたのが強みなんだ。
でもその征服王自身は見ての通り最前列を進んでいる。
ああやって兵士達と肩を並べて親近感を出したけど、そのせいで本人も何度も重傷を負った」
「でもそんな戦い方で一大帝国を築いたんだから、本人も強かったのよね?」
「ああ、でも重傷を負うって事は無敵の強さじゃなかった、そして歴史召喚は時代を越えた戦いを実現する!」
前方で敵の槍が一斉に木盾に触れ、直後に俺は飛びだした。
「那須与一(なすのよいち)!」
平安時代、いや、日本史上最強の弓兵を召喚して、俺はアレクサンドロス大王一人を射させた。
征服王達も、それを操る大我も、頭上から降り続ける矢の雨に意識がいき、さらには槍が盾に到達した事で意識が完全に前にだけいっていた。
そこへ、真横から突然襲い掛かる神速の閃きは如何に征服王と言えど防ぎきれず、反応して振り返りはしたがその矢は王の頭を貫いた。
ここで俺がただの弓兵を召喚すればきっと征服王は弾くかかわしただろうが、歴史に名を残す弓の英雄の一撃は防ぎきれない。
「将をを射んと欲すればまず馬を射よ、なら軍を崩さんと欲すればまず将を射よだ。
デカくて立派なゴルディアス戦車に乗ってたからいいマトだ」
大我が召喚したのは征服王のファランクス軍、征服王を殺しても軍は消えないが、歩兵達は突進をやめ、動揺する。
「ええいファランクス軍よ! 敵は右翼だ! 転進せよ!」
王を失っても、召喚された事物は歴史師の意志の介入でまた動き出す。
でも歴史の事物を召喚するなら、カリスマ性溢れる王を失った軍に今までの力は無いはずだ。
「伊達騎馬鉄砲部隊!」
俺の目の前に、火縄銃を持った騎馬隊が次々現れる。
そのうちの一騎の馬に二人乗りの形で俺も跨り、銃を構えながらファランクス軍の兵五を目指す。
「歴人君、鉄砲隊なら私の鉄砲隊でもいいんじゃ」
舞華も別の騎兵に乗って、俺を追いかける。
「それじゃ駄目だ、ファランクス陣形ってのはさ、右手に槍持って左手に盾持った重装歩兵が密集して突撃してくる陣形なんだ。
だから盾の無い右側からの攻撃に弱かったんだけど、アレクサンドロス大王は左右に歩兵をつけて、槍兵の盾は左手じゃなくて首から吊るして開いた左手も使ってより長い槍を持たせているんだ」
「く、詳しいのね」
「歴史で俺にわからねぇ事はねえよ、でも防御の問題は解決したけどまだ無敵のファランクス陣形には問題があった、それは……」
大我の指示通り、右へと方向転換をしようとするファランクス軍は動きが遅く、俺らを捉えられない。
「重装歩兵の密集陣形だから機動力が低過ぎる!」
騎馬鉄砲部隊から一斉に鋼の咆哮が唸った。
織田鉄砲隊と違い、馬の機動力を持つ鉄砲隊はファランクス軍の周囲を大きく周り、円の中央に捉えたままさらに銃を放つ。
俺は騎馬鉄砲隊を操り、隊列を広げ、動きだけでなく、騎馬鉄砲隊で円を描く。
左右にしか防御用の歩兵を配置していないため、前後から攻撃すると槍兵に直撃だ。
四方八方から火縄銃で撃たれ、手持ちの盾を首からブラ下げる形にしてしまった槍兵は次々に倒れていく。
しばらくすると、最強の征服王軍は突然姿を消して、それに合わせて俺も鉄砲騎馬隊を消した。
当たり前だが召喚物は長い間召喚すればするだけ霊力を喰うのだ。
「我が軍を破るとは……ただの小僧では無いらしいな」
「じゃあ聞かせてもらうぜ、てめぇらの目的はなんだ?」
「ふん、いいだろう、聞かせてやろう、我らのの悲願は」
大股に歩き、大我は公園の中に入って俺らとの距離を五〇メートルまで詰め、そして告げる。
「神の復活」
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