第11話 初陣
怖い
俺の頭にあったのはその感情だった。
漫画じゃない。
ゲームじゃない。
映画じゃない。
ただ目で見て、疑似体験するのとはわけが違う。
冷たい夜風が頬を撫でて、なのに大我が内包する熱が伝わって来て、俺の横をかすめた衝撃波を思いだす。
小学生の頃からやっていた剣道とも違う。
防具も、審判も、ルールも無い。
真剣で、路上で、ルール無用の殺し合い。
今の今まで、俺の周りに平然と有り続けた日常が、大我一人の空気に塗り潰されて、非日常が襲い掛かって来た。
「我が拳に散れぃ!!」
「下がって!」
舞華が俺と大我の間に割って入り、刀で巨拳を受け止めて、だが受け止めきれず、砕けた刀の破片で軌跡を描きながら舞華は弧を描いて吹き飛ばされる。
「舞華!」
震える足を殴りつけて走る。
「大丈夫か!」
「ええ、衝撃は刀が吸収したから、でも戦国時代の刀を素手でへし折るなんて、間違いないわ、あいつ一流の歴史師よ」
「……ッ」
「初陣がこんな強敵で悪いわね、でも……」
舞華の長い黒髪が揺れる。
「これが歴史師の戦いよ! 来なさい、魔王信長の愛刀、長谷部(はせべ)国重(くにしげ)!」
舞華の右手がスパークした。
激しい光の中、黒い覇気を纏った魔剣が現れる。
信長が無礼を働いた茶坊主を背後の棚ごと斬り裂いた事が有名で、その刀には戦国の魔王信長の怒り買った数多くの者達の血が染み込んでいる事だろう。
「我を興じさせよ!」
筋肉の化物が華奢な少女に突進してきて、
ギィン!
魔剣と巨拳がぶつかり合った。
大我の拳の猛攻を全て国重で受け流す舞華。
その顔には徐々に焦りが見える。
「国重を素手で……」
違う、大我の拳は、
「舞華! そいつがつけているのはナックルダクスターだ!」
大我の拳には、いつのまにか革製のグローブがはめられている。
だがそれはそれこそ、見た目にはただのグローブにだが、厚く硬い革の下には硬い金属の塊が仕込んである。
古代、両者のどちらかが死ぬまで殴り合った拳闘士達が使っていたシロモノだ。
「詳しいな小僧、だが無論、我の霊力で強化はしているがな、それにいくら武器が優れようと、貴様の腕ではその刀の切れ味は引き出せん!」
重い右ストレート、と思いきやいきなり腕を引っ込めて大我はショルダータックルで舞華を交差点の向こう側に広がる公園まで吹っ飛ばした。
遠くの闇に舞華が消え、大我は肩を大きく回す。
「肩慣らしにもならぬわ!」
すると、突然公園から、
「歴史召喚……森蘭丸!」
長刀を持った、細身の美青年が公園から駆けだした。
青年は真っ直ぐ大我へ斬りかかり、長刀対拳の死闘を繰り広げる。
森蘭丸、一般には織田信長の小姓として知られるが、彼の父親や兄弟のように武勇に優れるという話もある。
蘭丸が時間を稼いでいる間に俺は公園へ走り、舞華の元へ急ぐ。
「大丈夫か舞華!?」
くっそ、さっきから俺は何やってんだ!?
さんざん意気込んで歴史師になっておきなら、何の役にも立てない事に、俺は歯を食いしばった。
「ええ、大した事はないわ」
咳き込みながらも立ち上がり、舞華はすぐに刀を構え直す。
「それよりも」
蘭丸が大我の前に崩れ落ち、体が薄くなり、完全に掻き消える。
「くっ……神代大我、貴方達の目的は何?」
道路を挟み、大我が叫ぶ。
「聞きたくばこの攻撃に耐えてみよ! 彼の王は一代にして世界の覇権を手にした征服者、故に後世の者は言う『征服王! アレクサンドロス大王』とな!!」
大我が吼える。
大我が両手の拳を左右に伸ばし、周囲の空間に激しい電光が走った。
続けて六メートルもの長槍サリッサを持った重装歩兵達が空間から現れる。
「右側には歩兵、左側に軽装歩兵おいおいこれって」
ファランクス陣形、そしてその将軍が姿を現す。
軍勢の最前列中央、逞しい軍馬二頭立ての荘厳な戦車とその上に立つ赤いマントの男、その目は右が黒く、左が金色を宿している。
片方の目に夜を、もう片方の目に昼を宿すと言われる征服王の証だった。
「そ、そんな、アレクサンドロス大王……」
舞華の顔が驚愕にこわばり、一歩、二歩と後ずさる。
「我は勇ましきギリシャの英雄達を尊敬する者、彼の征服王にも幼い頃より想いを馳せて来た」
満足げに口元を歪める大我。
やはり、歴史師たる彼も俺と同じ重度の歴史マニアなのだろう。
征服王アレクサンドロス大王。
世界的に知られ、人気を集めつ大英雄であり、一代にして史上二番目に大きな帝国、いや、モンゴル帝国はチンギスハン親子二代の功績とするならば、人類史上もっとも巨大な帝国を作り上げた人物だろう。
その帝国は故郷のギリシャに収まらず、中東、そして東へ、ひたすら東へと侵攻した彼の軍はとうとう西アジアまでも侵略し、ヨーロッパからアジアまで手中に入れた規格外、故に征服王。
かのローマ帝国の二倍に値する広大な帝国に君臨する者こそ、まさに目の前にいるアレクサンドロス大王に他ならなかった。
当時、世界最強を誇った無敵の軍隊を前に、舞華の刀を持つ手が震える。
「まずいは歴人君、悔しいけれど、大我は私達がまともにやって勝てる相手じゃない、ここは一度退いて……歴人君?」
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