第10話 襲来
そして俺は今、深夜のコンビニへ向かっている。
理由は単純、舞華が『カップ麺パーティーをするわよ』と真顔で言ったからである。
真顔だった。
真顔である。
そりゃもう、俺を歴史師に勧誘する時以上の真顔でした。
一応は一人暮らしで料理のできる俺がちゃんとした夜食を作ろうとしたが、逆に舞華はムキになって『貴方にカップ麺の本当の美味しさを教えてあげるわ』と、静かなのに無限の迫力がある視線で告げ、俺の手をつかんで無理矢理引っ張ってこられて。
昼間散々町を徘徊しただけあって、コンビニの場所へは迷わず行けた。
マンションを出て歩いて五分。
街灯と月明かりだけが頼りの深夜二時近く、周りが暗いだけにコンビニのライトがよく目立つ。
そして見つけた途端、カップ麺パーティーに否定的な俺だが、早くコンビニに入りたくなる。
なるほど、人は本能的に暗いところから抜け出そうとして夜コンビニの光りへ足が向かいやすいとかいうテレビの話しは本当のようだ。
巨大な十字交差点を渡って、すっきりしたコンビの前まで行こうとして、俺は違和感を感じた。
すっきり?
言葉のままの意味だ。
コンビニ周辺がすっきりしている。
確かに今は深夜二時だが、起きてる奴は起きてる時間だ。
なのに、片側二車線ずつの巨大な十字交差点には車一台走っていないし、コンビニの前の駐車場にも車一台停まっていない。
深夜のコンビニとは切っても切れないセットメニューの『たむろする不良達』の姿も無く、コンビニの中にも客はいない。
客だけじゃなくてレジも店員もいない。
つまり……今なら雑誌立ち読みし放題!
なんて平和な事を考えている余裕は無い。
そこまですっきりとしているだけに、その巨大な影の威容は目立った。
「歴人君」
立ち止った舞華の声は既に臨戦態勢に入っていた。
そうして、コンビ二の看板の柱に隠れるようにして立っていた巨大な影が、街灯のすぐ下に立った。
その姿に喉が詰まる。
それは巨大な坊さんだった。
何故そう思ったかと言うと、法衣を着ていたからだ。
それでも、この人をまっとうな僧侶を思う人間はいないだろう。
身長は二メートルを軽く越えている。
首が太い、胸が厚い、肩が広い、腕も指も太く、ゆったりとした真っ黒な法衣を着ていても、その規格外の筋肉が存在感を伝えて来る。
流石に現代では頭を丸めていないが、短く切り揃えられた短髪がライオンのタテガミのように逆立ち、野性味を帯びた鋭い眼光が俺らを射抜く。
本当に、まるでライオンが擬人化したような坊さんだ。
年はまだ若い、二十代前半だろうか。
でも袖から出た、岩から削りだしたような手は二十代のソレではない。
破壊僧。
そんな単語が頭に浮かんだ。
「貴様らがこの地区を担当する歴史師か?」
地の底からすすり上がるような野太い声に、俺の心臓が震える。
「私は歴史協会日本支部所属、如月(きさらぎ)舞華(まいか)、貴方の名を聞かせてもらえるかしら?」
舞華の鋭い声音に、破壊僧は鼻で笑って腕を組む。
「我が名は神代(かみしろ)大我(たいが)、貴様らの言う異端の歴史師よ」
その瞬間、舞華の手に一振りの日本刀が握られる。
俺もすぐに戦えるよう世界の記録(アカシックレコード)と意識を接続する。
二度目の歴史召喚は驚くほどスムーズにいって、俺の右手にも一振りの日本刀が握られた。
「先程の戦いは、まず見事と褒めてやろう、だが我の思想に賛同する同胞を手にかけられて黙っているほど我は寛大ではない」
「同胞? じゃあやはり貴方はキリング・ジャック事件の」
「件(くだん)の殺人なら我ではないが、我の仲間がやっている事だな、生憎と我の仕事は失踪事件の方でな、殺人は仲間と妹に任せている」
悪びれる様子も無く『殺人』だの『失踪』だのという単語を口にする大我に言いようの無い怒りがこみ上げて来る。
なのに、それを上回る感情で怒りを言葉にできない。
「貴様らに問う、我らが計画の邪魔をする気か?」
「歴史召喚を使った殺傷は重罪よ、一人の歴史師として、貴方を捕縛します」
「なるほど、それは分かり易くていい、ならば」
「死ね」
反射的に左へ跳んだ。
同時に俺の横を力の塊りが貫いて、けたたましい破壊音と衝撃波が辺りを包む。
「な、なんだ!?」
アスファルトの上に倒れた体を起こすと、大我が倒れた電柱を見下ろし佇んでいる。
おそらく大我が人払いの結界を張ったのだろう。
これだけの轟音に誰も集まってこない。
「た、体当り!? 今の体当たりか!? どう見たって人間じゃねぇだろ!」
「高い霊力は身体に影響するわ、歴史や伝説の英雄達が科学的に有り得ない逸話を残しているのもそのせいよ。
それに人間じゃないとか言っておきながら、現に歴人君今の攻撃かわせたじゃない」
確かに、咄嗟に跳んだから気がつかなかったけれど、今思えば俺の体は今までよりもずっと速く動いた気がする。
それに、元いた立ち位置からは五メートルは離れている。
助走無しの一度の横っ跳びでこんなに跳べばオリンピック選手でも真っ青だ。
でも漫画のヒーローみたいな力に酔いしれる暇はない。
むしろその逆だ。
俺は、本当に情けない事だが、子供の頃から夢見続けた英雄願望を放棄したくなった。
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