第8話 異端者


「それで長谷君、本題なんだけど、歴史師の仕事は危険が伴うわ」


 俺の脳裏に、グラウンドで血まみれになった男の姿が浮かんで、息を呑んだ。


「歴史師の仕事は異端の歴史師の討伐と一般市民の安全を守る事、そして歴史召喚の存在を世間に秘匿する事よ」

「異端のってさっきの男がそうだったんだよな?」

「ええ、長谷君はキリングジャックって知ってるかしら?」

「ああ、今世紀最凶の殺人鬼って言われている……」

「それに、最近失踪者が急激に増えているんだけど気づいた?」

「う~ん」


 言われて見れば、失踪者が増えているような事をテレビで言っていたような気がする。


「あれの犯人は歴史師よ、それも複数犯」


 歴史召喚で人殺しと人さらい。

 そう考えただけで、俺の中で嫌な感情が芽生える。


「連中の目的は分からないけれど、歴史召喚による殺傷行為は重罪よ、それでこの事件解決が私の任務なんだけど、はっきり言って歴史師は数が足りないのよ」

「人材不足ってわけか」


「ええ、日本中の町々に担当歴史師が配属されているけど、人が足りなくて村や集落には配属されないし、町でも歴史師いない空白地帯がいくつもあるくらいよ。

 かく言う私も、二か月前までは師匠で組んで二人で別の町を担当していたんだけど、師匠がもう一人でも大丈夫だろうって言って、これが初任務なの」


「師匠がいるんだ」

「ええ、ちなみに高校に通っているのも師匠の命令よ、社会の一般常識が無いと任務に支障がどうこう言って、私は学校なんか行かないで任務に集中したいんだけど」

「見た目通り真面目だなー」


 それとも師匠が怖いのかな?


「師匠は、孤児院にいた私を霊的資質が高いからって言って、引き取ってくれたから親みたいなものなのよ。

 それで小学校も中学校もずっと通わされて、中学を卒業したら師匠みたいな一流の召喚師になろうって思ったのに高校受験させられた時は正直勘弁して欲しかったわね、特訓や任務に使える時間が減って、いい迷惑よ」


 フン、と鼻を鳴らして、如月さんは腕を組む。


 俺が話しかけた時、如月さんが友達を作る気が無いと言った理由が分かった。


 彼女からすれば、友達と遊んでいる時間は無駄なのだろう。


 でも、それはつまり、如月さんも俺と同じで、ずっと友達がいなかったという事になる。


 そんな如月さんにシンパシーを感じて、ますますこの女の子と仲良くなりたいと思ってしまう。


「ま、まぁ、でも学生生活ってのは一生の内で今しか経験できない事だしさ……」

「師匠みたいな事言うのね」


 ジト目に耐えられなくて俺は視線を外してしまう。

 うおぉ、如月さんのジト目強力だなぁ。


「話が逸れたわね、それで長谷君、もう一度言うけど、今私達歴史師は人手不足なの、歴史師になってもらえないかしら?」


 その目はどこまでも真剣で、真っ直ぐに俺を見つめてくる。


「さっきの戦いを見たのなら分かると思うけど、当然歴史師になって戦うのは凄く危険な事だし、任務に就くからプライベートな時間も削られる。

 もう友達と楽しい学園生活なんて遅れないだろうし、もしかしたらこの先の人生全てを棒に振るかもしれない。

 だから強制はしないわ、断ってもただ隠密に頼んで貴方の今夜の記憶を消してもらうだけだから、それで明日からまたただのクラスメイトになる。それだけよ」


 それで彼女の話は終わった。


 はっきり言って、これは人生の分岐点だ。


 漫画やゲームの世界みたいな、荒唐無稽で、普通なら如月さんをとんだ電波ちゃんだと思うところだが、俺はグラウンドでの戦いを見てしまっている。


 突如現れた騎馬武者が巻き上げる土埃と馬のいななき、鉄砲隊の放つ銃声と硝煙、そして何よりも、彼らが放つ覇気とも言うべきあの存在感。


 幻や、まして立体映像なんかじゃないと断言できる。


 あれは、紛れも無く本物達だった。


 そして、その歴史召喚を悪用する奴らがいる。


 武田騎馬軍団は、主の為に戦く勇ましき勇者達だ。


 ただの人殺しや人さらいの為にいるんじゃない。


 だけど召喚した事物を意のままに操る歴史師にかかれば、どんな清廉潔白な勇者の手も、汚く染め上げられてしまう。


 俺とは縁もゆかりも無い他人でも、人殺しなんて許せないけど、けど俺はそれと同じくらい、歴史の英雄達に悪の片棒を担がせるような異端の歴史師が許せなかった。

だから、俺の返答を待つ如月さんに言った。


「もちろんなるぜ、なってやるよ! 異端の歴史師だかなんだか知らねえけどな、俺の愛する歴史を汚す奴を俺は許さねぇ!」

「ありがとう、長谷君、そう言ってもらえると嬉しいわ」


 笑った。


 ほんの少しだが、彼女の目と口元が緩んで、年相応の可愛らしい笑みに心臓が高鳴ってしまう。


 やはりと言うか、本当に、如月さんは綺麗だ。


「じゃあまず歴史師になるには意識を世界の記録(レコード)に接続できるようにならなきゃいけないんだけど、悪いけど何年も地道に修行する時間は無いわ。

辛いけど一瞬で出来るようになる方法でいくけどいいかしら?」


「当たり前だろ! 俺が憧れる正義の味方になれるんだ、どんなつらい事だって耐えてやるさ!」

「わかったわ、じゃあそのまま座ってて、貴方の門と回線を強制的に開くから」

「門?」


 如月さんは俺に近づくとヒザで立って、頭に手を乗せてくる。

 正直、この体勢は目の前に如月さんの胸があって気恥しい。


「現代人は世界が神秘に満ちていた時よりも遥かに霊力が低いわ。

それはみんな霊力の門が閉じているから。

貴方の霊力が高いのは門が閉じていても霊力が溢れだしているからで、つまり門を開放すればそれだけ最大霊力が上がるわ、一緒にレコードと意識を繋げるよう魂の回線も開くわ」


 言うが早いか、なんだか頭が暖かくなってきて、


 ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!




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