第5話 走馬灯終了


 走馬灯終了。


 拝啓京都へ出張した母上様、孫の顔は見せてあげられません、同じく出張した父上様、貴方の血は俺の代で終了です。


 校門の前で尻餅ついたまま如月さんに日本刀を突きつけられて、俺は両親への遺言を残す。


 まぁ心の中に残しても意味は無いのだけれど……


「敵……ではないようね」


 敵!? 敵ってなんですか!?


 言っておきますが俺は人から恨まれるような事は一切せず無難に穏便に生きて来た自信がある。


 小市民度はギネス級だ。


 今朝捨てたばかりだけどさ。


「貴方、歴史師?」


 れ、歴史師?

 って何だ?


「俺は歴史オタクだけど……」


 なんとか声を絞り出すと、如月さんは冷厳な瞳のまま、首を傾げた。


「人払いの結界を張った筈なのに……どうして歴史師以外の人が入って……君、もしかして霊感強い?」


 急にそんな質問をしてきて、俺は首を縦に振る。


 実のところ言うと、俺は霊感体質だったりする。


 なんて言っても漫画みたいなファンタジーな事は無い。


 ただ子供の頃から曰くつきの場所が生理的に受け付けなかったり、なんか嫌な感じがしたかと思ったら、実は昨日そこで交通事故が起こっていたとか、そんな感じだ。


 別に幽霊と話せたり除霊ができるわけじゃない。


「なるほど、元から霊力が高いのね……なら……!?」


 と、刀を俺の首に添えたまま次の行動に移るかと思ったが、如月さんの目が止まっていた。


 顔が固まり、刀が僅かに震えているようにも見える。


 何が彼女をそうさせるのか、俺は如月さんの視線を追って、俺の鞄にいきついた。


 尻餅をついた時に中身がぶちまけられている。


 元からチャックが壊れかけていて閉じてもなにかの拍子にバリッと空いちまうんで新しく買い直そうと思っていたところだ。


「これは……」


 如月さんが俺の荷物から一冊の本を拾い上げる。


 刀はいつのまにか消え去っている。


 彼女が信じられない物を見る目で表紙を凝視するのは『世界の英雄解体新書・信長編』著者は……


「歴史好きで名前が長谷歴人って……貴方まさか」


 瞳孔が開いた目で俺を注視してくる。


「あ、ああ、それ俺が書いたんだけど……もしかして読んでくれた?」


 実はそうなのだ。


 大学で日本史と世界史を教えている父親を持つ俺は、中学の頃から既に執筆活動をしていて、それで出版までしてしまっている。


 とうぜん自費出版では無く、正式な出版だ。


 親父自身も数え切れないくらい歴史の本を書いていて、そのツテで編集者に俺が運営している歴史ホームページや、編纂した歴史の資料を見せたら好評で、ホームページのアクセス数が一日一万HITの事もあり、俺は中学三年の頃からこの『世界の英雄解体新書シリーズ』を書いている。


 親父は生活様式や歴史の流れそのもの関する本をたくさん出していたから、俺は歴史上の偉人や英雄一人一人にスポットライトを当ててみた。


 前作の信長編の構成を読み返しながら次回は誰について書こうか思案する為に学校に持って来ていたわけだが、


「そ、その、その……」


 氷のような冷たさはどこへやら、如月さんは俺の名前が入った本を両手で握りしめながら興奮したように頬を紅潮させる。


「貴方の家に行っていい!?」

 




「す、すごい……」


 感嘆のため息を漏らして、如月さんは俺の部屋の本棚を眺める。


 俺の部屋は壁一面を天井まで続く本棚が覆っていて、その全てに全世界の全時代の本が敷き収められている。


 歴史好きが見れば一瞬で目を奪われる光景である自負はあるが、如月さんがこんな表情をするとは思わなかった。


「俺の親父、大学で歴史の教授やってるんだよ、その影響で俺も歴史にハマって、ガキの頃から集めてたらこんなになっちまった。言っとくけど押し入れにもまだまだあるぜ」


 憧れの美少女来訪。

 両親が出張中で俺の住むマンションの部屋は現在俺一人、つまり今は如月さんと二人っきりで、当初の予定を遥かに超える成果だが、素直に喜べない俺がいる。


「えーっと、ごめん如月さん、ちょっと聞きたいんだけど」

「なぁに?」


 如月さんてキリング・ジャックじゃないの?


 と続けようとしたが、彼女の表情に喉が詰まる。


 教室ではあんなにも冷たく、ガラス細工のような美しさを持っていた彼女の顔が、笑顔とまではいかないが、わくわくする気持ちを抑えているのがよく分かる、なんとも子供っぽい可愛さを持っていて、バカな質問をやめた。


「……信長のどこが好きなんだ?」


 質問内容をすり替えて、俺はせいいっぱいの愛想笑いを向ける。

 そして如月さんは、


「そうね、やっぱりなんと言っても」

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