第4話 ストーキング
ストーキングという名の忍者ばりの尾行を始めて五時間、まだ彼女は家に帰らない。
じゃあ街で遊び歩いているのかと言えば、そうでもない。
確かに街をぶらぶらしているが、カラオケやゲーセンに入るわけでも服屋やアクセサリーショップに入るわけでもない。
お洒落なブティックも、ファンシーショップも全部総スルーだ。
本当に、ただ街をぶらりぶらりとしているだけ。
まるで街中を歩く事そのものが目的であるように。
引っ越してきたばかりの街を散策するのはある意味当然だけれど、でも普通は気になる店があったら入るだろ?
それとも如月さんは伊能忠敬みたいにこの街の地図でも作る気か?
多少はキョロキョロと周囲を見回す仕草もするし、探している店があるのかもしれないが、でも五時間は長すぎる。
普通は住所を調べるだろうし、住所を忘れたながら誰かに聞くだろう。
でもそんな様子も無い事を考えると探しているのは建物ではない……つまり。
男か!?
ま、まさかこの街に好きな男がいてその男を探している!?
なんてこった、如月さんにはすでに意中の男性が……如月さん程の美人なら今まで色んな男から言い寄られたに違い無いが、でもまさか如月さんの方が男を追う側だったなんて、俺はどうすれば。
そこへ彼女へ話しかける人が、まさかあれが彼女の、
「すいませーん、今若者を対象にしたアンケートを」
「悪徳商法(キャッチ・セール)はお断りです」
「すいません、あなたに神の声をお届けに」
「うちは仏教です」
凄い、なんていう鮮やかな技だ。
俺なら『今急いでるんで』がせいいっぱいだぞ。
そうして、そのまま彼女は街を延々と歩き続けた。
いい加減やめれば? と普通の人は思うかもしれないけれど、俺にとって如月さんの存在は、いや、如月さんみたいな人に会えた事は奇跡に等しい。
ゲームなどの影響で戦国ブームで歴史好きの女、歴女なんてモノが増えている今なら歴史好きの俺はさぞモテるだろうと思うかもしれないがそんな事は無い、というより、俺と歴女は似て非なる存在だ。
中学時代、歴史好きの変人として有名だった俺は歴女の生徒から戦国時代について教えるよう言われた事があった。
俺はその時、ついに俺の時代が来たかと得意げに戦国時代の成り立ちや生活様式、価値観について語ったけれど女子は、
『そんな事いいからさ、真田幸村とか伊達政宗について教えてよ』
それで、武将個人個人の雑学や裏話を聞かせたら喜んでいたけれど、英雄が好きなのかと思って、政宗が参加した戦について教えようとしたら、
『いや、戦についてはどうでもいいよ』
である。
歴女というのは、ただゲームや漫画のキャラクターが好きで、ただその個人のおもしろ話や萌えポイントが聞きたいだけで、歴史にはまるで興味が無いのだ。
俺にとって、歴女と歴史オタクの女性は似て非なる者だ。
だから、四歳の頃から歴史が好きな如月さんは別だ。
信長読本ではなく、信長の参加した戦争読本を読む彼女は俺と同じ、歴史オタクに違い無い。
若者の歴史離れが進んで、ひい爺ちゃんや爺ちゃん、親父の時代と違って如月さんみたいな、同年代の歴史オタクの女は貴重過ぎる。
まして、あんな美少女、一人の男として、是非お近づきになりたいと思って当然、そしてストーキングして然るべき相手だ。
こうして俺のストーキングタイムはまだまだ続くのだった。
すっかり月が上って、不良を除いて高校生はもうみんな家に帰る時間だ。
あれから如月さんは街中を歩きつぶすと今度は住宅街を歩きつぶして、最終的にはまた俺達の高校の辺りに戻って来た。
彼女の目的がまるで見えない。
とりあえず考えられる事としては、引っ越してきた街を超散策(散策が真の趣味)してから、学校に忘れ物をした事を思い出して戻って来た。
と言ったところか。
………………………………………………………………………………………………
うん! 大丈夫! 如月さんは何も変な事をしていないぞ! じゃあ前向きに彼女と親密になる方法を模索したいわけだが一つだけ問題がある。
それは……
彼女を見失った。
バカな! 忍者関係の資料とひい爺ちゃんと爺ちゃんと親父から直々に伝授された俺の尾行術が失敗するなんてありえない。
俺の尾行を見抜けるのはひい婆ちゃんと婆ちゃんと母さんだけの筈だ!
つっても学校のすぐ近くまでは見てるんだし普通に考えれば校舎の中か。
そう思って、俺は塀をよじ登って校内に侵入、戦時中米軍の基地に何度も潜入したひい爺ちゃんのひ孫である俺にはこの程度朝飯前だ。
電気の落ちた不気味な校舎を見上げて、俺の背筋がゾクリとする。
ホラー漫画や都市伝説のせいかもしれないけど、夜の学校は小中高と関係無く異様に恐怖感を煽ってくる。
ぶっちゃけ墓地よりも怖い、暗くて学校より怖い場所なんて病院ぐらいのもんじゃないだろうか?
そんなどうでもいい事を考えながら、俺は玄関に近づくと、グラウンドの方から人の声が聞こえて来る。
男の、それも叫び声だ。
玄関から見れば校舎の反対側にあるグラウンドから聞こえるのだからまぁ当然だ。
それで、俺はよせばいいのに興味本位でついグラウンドへと足を運んでしまった。
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