第44話 母親


 気がつけば部屋中にいた白銀の軍勢は皆倒れ伏し、虚空に掻き消える途中である。


「あら強い、じゃあ時間も丁度いいし、後はそこにいる出来損ないに聞いてね」


 最後に「屋上で待っているわ」と付け加えて、視線を天井に刺すと、水面に一滴の水を垂らしてできる波紋のように穴が空き、エバの体は柔らかく浮かんで上の階へと消えた。


「ほんじゃ、教えてもらおうか真弥ちゃん、あいつと、カインのこと」一輝が真弥を見る。


「そ、そうです、あの人が私のお母さんていうのは本当なんですか!?」


 すがるように尋ねる紗月に真弥は顔を上げ、涙を拭うとゆっくりと瞼を開く。


『……ッッ!?』


 予想してはいたが、かくして、エバに弾き飛ばされた衝撃でカラーコンタクトを失った眼は金色であり、エバと同色の髪と眼を持った少女は悲しげに語り始めた。


「……いつの時代からかは知らないけどね、人類よりも先に生まれて、この地上の覇者になったヒト族、それが彼女達、白銀人(しろがねびと)、銀髪銀眼、そして人間を遥かに凌駕する頭脳と身体能力、高度な文明を持つ不老の種族だった。だけど、ある時代の王家に金色の瞳を持った女の子が生まれたの……」


「そいつが……」龍斗が固唾を飲み込んだ。


「エバ……生まれながらにあらゆる異能を持つ彼女は、神の降臨だともてはやされて女王になったけど、いつの日か貴族達は自分こそがエバの側近になろうとお互いに潰しあい、何かと理由をつけては戦争をして他の貴族達を排除しようとした。結果、白銀人の数は激減、エバは国を捨てて、皆の前から姿を消した。その後は今と同じ、人間を使って酷い遊びをするようになってしまった。いくつもの国を作り、飽きては壊し、人々を惑わして争わせてはそれを見て楽しんでいた。今回のカイン事件はその一つに過ぎないよ」


「なんか、話が壮大すぎてついてけないけど、じゃあマヤマヤはあの人の何なの?」


 由加里の問いに真弥は瞼を閉じ、息を漏らす。

 エバとイブ、どちらも読み方が違うだけで名のつづりは同じ、EVEである。


「あたしは、六〇年前に作られたエバのクローン、ナンバー三一〇四、あたし以外の子は誰一人として細胞を維持できずに死んだ、私も、二次成長前に体の発育は止まって、発現できた能力も重力皇帝(グラビディス・エンペラー)一つ限り、まともなのは歳を取らないってことだけ、そしてあたしは、エバのしていることがどうしようもなく許せなかった」


 心の内を吐露する真弥の声は徐々に熱を帯びていく。


「だって、研究所から逃げた後、世界はあんなにもあたしに優しかったから! 直人君に誠一郎君、晶ちゃんも忍ちゃんも、みんなあたしに妹みたいに接してくれて、あたしは、みんなが住む世界をあたしのオリジナルが壊すなんて耐えられなかった! みんなも一緒にエバと戦ってくれたけど……エバには勝てなかった……」


 今まで隠し続けていた真実は一度吐き出すともう本人にすら止められず、涙を流しながら語られる。


「なんて、カッコいいこと言っているけど、本当はマトモな体のオリジナルがうらやましいだけなのかもね……」

「じゃあ、俺と紗月の後見人になったのは……」


「そうだよ、さっき言ったでしょ、あたしの体は二次成長までいけないって、あたしはどうしても自分の子供が欲しいけど、それは叶わないから、せめて形だけでも自分の子供が欲しかった……だからあいつが、エバが自分の娘の紗月ちゃんから記憶を剥がして社会に捨てた時、自分の娘ですら遊びの道具にした時は本当に殺し尽くしてしまいたいほど憎かった、そしてあたしは紗月ちゃんを探した。遺伝子的にはあたしの娘に当たる子を、そしてやっと見つけた時……」


 真弥は視線を龍斗へ固定する。


「紗月ちゃんには龍斗君がいた。後はエバの言ったとおり、紗月ちゃんに接している時の龍斗君の目を見た瞬間に使えると思って龍斗君を鍛えた。エバが黒門会を使っていることは分かっていたから、エバをいぶり出す目的なのに紗月ちゃんのためなんて言って龍斗君を戦わせてきた……最低だよね、あたしの勝手な都合で龍斗君をだまして、ずっと血を流させてきたんだから……本当に、最低だよ……」


 最後のほうは、もう熱を失い、言葉から力が消え去っていた。


 真弥はその場に座り込み、頭を下ろし泣き続ける。


 真弥の体が温かさに包まれ、浮かび上がったのは、その時だった。


 顔を上げると、そこには龍斗の優しい顔、いつのまにか真弥は龍斗に抱き上げられていたのだ。


「りゅ、龍徒君……?」


 慌てる真弥を強めに抱きしめ、龍斗は耳元で囁いた。


「俺は、母さんを恨んでいないよ、俺だってあんな奴は見過せないし、母さんがいてくれなかったら、今ごろ俺らはどこかで垂れ死んでいた。だから、俺は母さんが大好きだよ」


 龍斗の言葉で真弥の眼から堰を切ったように涙が溢れ出して、何か言おうとしても嗚咽が漏れるばかりで何も言えず、真弥は見た目どおりなのだが、子供のように泣きじゃくりながら龍斗の肩口に顔をうずめた。


 すると、その様子をはたから見ていた紗月が近づき、龍斗の左側から抱きついてくる。


「どっ、どうしたんだ紗月?」


「……いや、何となく」腕の力が強くなり、ギュッと体(胸)を押し付けてくる。


「じゃあボクもなんとなく」

「じゃあ俺もなんとなく」


 言って、由加里は右側、一輝は後ろから龍斗に抱きついてきて、同時に龍斗のこめかみに青筋が浮かび上がる。


「いい加減にしろ!」


 全員を無理矢理ふりほどくと龍斗は息を荒げ、力強い足取りで階段へ向かう。


「ったく、じゃあ、親孝行しに行って来るか」

「おお、クロちゃん熱血モードー!」

「あの野郎キャラ変わったなー」


 由加里と一輝の言葉に紗月は首を振って答える。


「ううん、あれが本当の龍斗君ですよ」

「そうそう、あたしの龍斗くんはいざとなったら熱いんだから」


 いつのまにかいつもの調子に戻った真弥と紗月は龍斗の横に並び、一輝と由加里も三人の背中に向かって足を運んだ。

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