第43話 属性強化(マテリアル・トランス)


 無論、ただのナイフとレールガンでこのような芸当は無理だ。


 それを可能にしているのは彼の異能、属性強化(マテリアル・トランス)に他ならない。


 ナイフは物を斬るために作られた、銃は物を撃ち抜くために作られた。


 故に、一輝が持ったナイフは戦車の装甲を紙切れのように斬り、銃は戦艦の主砲が如き貫通力を誇るのだ。


 もっとも、最初から一輝に強化されたナイフ並の切れ味を持つ刃を全身から生やせる由加里は一輝以上に楽しみながら戦っている。


「じゃあ、そろそろ始めるぞ」龍斗の拳が硬く握られ、鋭い眼光をエバに浴びせる。

「いいわ、特別に異能は使わずに戦ってあげる」


 刹那、二人の肉体が音の速さにまで加速、周囲に衝撃波をバラ撒いた。


 互いに突き、蹴り、相手を殺しにかかる戦いは龍斗と暴走した紗月の戦いに似ていた。


 何の異能も用いず、互いに肉弾戦のみで戦っているにも関わらず絨毯爆撃の中に晒されているような破砕音、見ているほうも殺されそうな重い空気。


 だが二つの戦いには圧倒的に違う点がある。


 龍斗の力は超武術、人類の歴史で培われた戦闘技術の全てをその身に集約した動きであり、それに対抗する紗月は技術の無さを圧倒的なパワーとスピードで補っていた。


 それはエバも同じなのだが、そのエバは紗月と違い、肉体強化を行わずに龍斗と戦っているのだ。


 つまりエバは、素の状態で暴神紗月並の身体能力を持っていることになる。


 しかも彼女には数々の異能が宿っており、いざとなればそれを使い戦況をいつでもひっくり返せるときている、どちらが不利かは火を見るより明らかである。


 エバの攻撃に龍斗の血肉が飛び散り、その度に傷が修復されていく、それでも、激痛がどれほど総身を蝕もうと武神の拳は止らない。


 人間をカインに変えた張本人ならば紗月の殺人衝動を消すことができる可能性は高い、龍斗はエバを倒せば全てが終わると自身のダメージや苦痛を度外視した戦いを繰り広げ、獅子奮迅の動きを見せる。


 そして、紗月のためにと戦う龍斗の姿にエバの顔がほころんだ。


「フフ、いいわ、最高よ龍斗、貴方は私を期待以上に楽しませてくれるわ」

「だまれっ! お前が、お前がいるから、お前がカインなんて作ったから全てが狂ったんだ! お前が紗月を、真弥さんを、みんなをカインにしたから……」


 それは、愉快そうに笑い、戦いを遊んでいるエバに対する怒り、これほどまでに社会を乱し、人を殺し、他人の人生を弄ぶ悪へ対する怨嗟の言葉である。


 だが、エバはそれに対して小首を傾げる。


「貴方、何を言っているの……?」

「お前は何々だ! 一体何を企んでいる!」

「……やっぱり、気付いていなかったのね、紗月と真弥(イブ)はカインじゃないわよ」


 龍斗の拳が止まる。紗月と真弥がカインじゃない、それは……?


「そして、私は紗月の実の母にして白銀人(しろがねびと)の女王……エバ」


 体だけでなく、思考も止まりかけた……今こいつは何て言った? 紗月の母親? それよりも紗月と真弥がカインではないとは一体どういうことだ? 龍斗は戦いの最中にも関わらず完全に立ち尽くす。


「紗月の殺人衝動を抑える方法どころか自分の素性まで偽るなんて、イブ、貴方もなかなか残酷なことするのね」


 あまりに信じがたい事実の連続に龍斗の歯車がまた軋み、拳はほどかれて落ちる。


「どういうことだ?」と尋ねるのが精一杯だった。エバは口元を緩ませて。


「そのままの意味よ、少し考えれば解る事、質量保存の法則を無視したカインの能力、それは貴方達にも分かり易く例えると、映画や小説に出てくる魔術のようなもの、錬金術師ならいざしらず、科学者がどうこうできるようなものじゃないわ、そして、貴方は真弥(イブ)の私怨のため、私を倒す為に調教された駒にすぎないの、そうでしょう? イブ?」


 振り返ると、真弥は見ないでくれと訴えるように、両手で顔を隠し、その場にうずくまってすすり泣いていた。


 全ての事件の発端であるエバが自分の母親、そして殺人衝動を抑える方法が無いという事実に、紗月も絶望のあまりその場に座り込んでしまい、壊れた人形のように無表情のまま涙を流している。


「嘘だっ!」龍斗が咆哮する、それが彼の精一杯の抵抗だった。

「紗月がお前の娘なんて、カインじゃないなんて嘘だ! だってあいつは俺達と……」


 言葉は続かない、「俺達と同じだ」とは言えなかった。


「気付いたのね、そう、紗月は貴方達とは違う、カインの能力は一人一つまで、なのに紗月の持つ能力は二つ、そして不老の力に名は無い、理由は単純、不老は異能ではなく、紗月自身が不老の生命だから、黒門会の連中は、紗月を捕まえられたら体を解析して不老の研究をしても良いと言ったら喜んで刺客を出してくれたわ」


「でも」と事実に抗おうとする龍斗にエバは追い討ちをかける。


「異能を使う度に眼が紅く光るカインが他にいるかしら?」


 今度こそ何も言えなかった。自分を含めて敵のカイン達は異能を使おうと瞳の色は変わらないのに、暴走した紗月と重力を制御する時の真弥の瞳は確かに紅くなる、それは能力による差だと今までは気に留めなかったが、エバの瞳も力を使う度に紅く輝いていた。


「認めたようね、じゃあ……」


 華麗なバックステップ、一〇〇分の一秒後に、さきほどまでエバがいた空間を一輝と由加里の刃が切り裂いた。


「人を無視してネタバレモード入るなよな」口笛を吹いて軽く言う。


 気がつけば部屋中にいた白銀の軍勢は皆倒れ伏し、虚空に掻き消える途中である。

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