第45話 古代
黒門会、Eビルの屋上、人工の光が儚く見える超高層ビル最高高度のその場所を支配するのは無数の星々と巨大な月、そして下を見ても人工の星達が埋め尽くしていた。
下からは人工の、上からは自然の、まさに無限に続く星に飾り付けられた世界の中心で、白銀の女神は一人佇み、冷めた頭で一万年以上も昔に意識を飛ばしていた。
「ねえアダム、ちょっとこっちに来て」
「なぁに……ってぎゃあああああああ!!」
エバの仕掛けた落とし穴に落ちた少年を、幼いエバは笑いながら見下ろす。
「アハハ、インフェルノスネークが五〇匹入った深さ一〇〇メートルの落とし穴はどうかしら?」
「ぎゃあああああ、毒が、毒がぁあああ!!」
穴の底でインフェルノスネーク達に巻きつかれながら噛まれ続ける銀髪銀眼の少年の姿に、エバは体を揺らして笑った。
「ねえアダム、私ね破壊竜アドラムの卵が食べたいの、取ってきてくれるでしょ?」
上目遣いに金色の瞳を向けるエバに、少年はほがらかに笑って、
「うん、エバちゃんが欲しいなら僕取ってくるよー」
赤黒い巨体で地を踏み鳴らし駆けるドラゴンの前を、アダムは同様に赤黒い、自分の頭ほどもある卵を抱えて悲鳴を上げながら走る。
破壊竜アドラムの口から巨大な炎が放たれるごとにアダムの悲鳴が倍化した。
そんな光景をエバは離れた丘から眺めている。
「ほらほら、早く逃げないと食べられちゃうわよ」
そう言って、エバはお腹を抱えて可愛く笑った。
「エバちゃーん」
王宮の私室で本を読んでいたエバがベランダへと視線を向けると、いつものようにアダムが無邪気な笑顔で立っていた。
「今日は早かったじゃない、それで今日はどうする?」
エバもベランダに出て、嬉しそうにアダムの隣に並ぶ。
「じゃあこの前やったペガサスチキンレースしようよ、今度は負けないからね」
「アダムにしては悪くない選択ね、ホント、城での生活って退屈、アダムがこうやって来てくれなきゃヒマ死にしてるわ」
「エバちゃんなら一人でも脱走できるんじゃないの?」
小首を傾げるアダムに、エバは目尻を吊り上げる。
「アダム! あんたこの私にアダム(オモチャ)無しで遊べっての!?」
「はは、まさか、じゃあどうぞお姫様」
差し出されたアダムの腕に体重を預けて、エバはお姫様抱っこの姿勢でアダムに抱かれた。
そのアダムは、一度の跳躍で一気に城から飛び降りた。
「ちょっとアダム、そんなへらへらして、あんた本当に今日の試合勝てるの!?」
ご機嫌斜めのエバに怖じる事無く、青年になったアダムは返事をする。
「大丈夫だよー、エバちゃんのために絶対絶対優勝するからねー」
緊張感の欠片も無いアダムに、エバは顔を真っ赤にして怒る。
「本当にわかってるの!? 第二級貴族のあんたが王位継承権を持つ私と結婚するにはこの大会で優勝して最強騎士の名声をもぎとらないとダメなんだからね!」
「もちろんわかってるよ」
「言っておくけど、私あんた以外の男と結婚する気なんてないんだから、あんたが負けて私が他の男と結婚するハメになったら一生虐めるわよ!」
頬を膨らませて可愛く怒るエバに、アダムはゆっくりと歩み寄り、頭を柔らかく撫でた。
「大丈夫、僕もエバちゃん以外の女の子と結婚する気なんて無いから、じゃあ、もう試合の時間だから、貴賓席で観ててよ」
くったくなく笑うアダムに顔が熱くなるのを感じながら、エバは何も言わず、先に部屋を出て行った。
数時間後、表彰式でエバはアダムに優勝のトロフィーを授与した。
毎日が幸せだった。
好きなヒトと食事をして、話して、遊んで、同じベッドで寝て、退屈な女王の仕事もアダムと一緒ならどんなに書類を山積みされても笑っていられた。
目覚めた後と寝る前、毎朝毎晩、アダムに強く愛される度に嬉しさで涙が流れた。
いつかこのヒトの子を産んで母になれると思うだけで笑みがこぼれた。
神が如き力を持つエバには心を許せる者などいなかったのだ。
誰もが崇め、誰もが遠巻きに見て、誰もが取り入ろうとご機嫌を伺ってきて、愛し甘えたかった両親とも簡単には面会できない孤独過ぎる生涯で、自分に媚びる男共の中ただ一人、会うなり「可愛い大好き結婚して!」と言ってそこらへんで摘んだ花を渡してきた時の、あのアダムの無邪気な笑顔は今でも忘れられない。
もう自分は一人ではない、夫が、アダムがいつも側にいる。
これからはアダムの子を産んで、家族を作るのだと、夫と子供達に囲まれた幸せな家庭を夢見続けた。
燃え盛る街に、エバは唖然としてベランダの柵につかまった。
「エバ様を惑わず逆徒め、我がアラバール家が成敗してくれる!」
「ふざけるな! 貴様こそ女王様を惑わす逆臣、我らベルロンド家の正義の鉄槌を喰らうがいい!!」
「エバ様こそこの地上に舞い降りた神、あのお方は代々神官長を勤めてきた私達ハウゼンビット一族がお守りするのが筋であろう、皆の者、悪魔に魅入られた魔を滅するのだ!」
貴族達の醜い権力争いは止まらず、国中が戦火に見舞われた。
同じ種族同士で殺し合う者達……
幾度と無く城を抜け出してはアダムと歩いた城下町が燃えていき、暴徒と化した兵士達は止まらず、城下町は最悪の泥沼状態だった。
やられたらやり返す。
相手が一万の兵士でくるならそれ以上の兵を投入。
全ての一級貴族達が互いに攻め、敵の増援を聞くたびに自身の軍隊も増援し、敵も味方も解らぬ状態でとにかく殺し合い、民草達も巻き込まれ死んでいく。
気がつけば、エバは私室から飛び出していた。
そして両親の部屋のドアを開けて、そこで床に倒れ伏す両親の姿を見た。
二人からは既に生気が無く、一目で死んでいるのが解る。
「……ッッ!」
目を見開くエバに、近くのテーブルの前に立っていた男が歩み寄る。
「これは女王陛下、どうやらお二人は毒を盛られたようです。おそらくどこぞの貴族が陛下に取り入り易くしようと行為に及んだのでしょう、このような事態になり、落胆の極みお察し致します。ですが城下町もあの有様、この城にもいつ陛下を利用しようとする逆臣が来るやも解りませぬ」
両親が飲んでいたと思われるグラスをテーブルに置いて、男は心配そうな作り物の表情を見せた。
「ですがご安心を、ご両親に代わり、これからはこの一級貴族筆頭、アーバス・オルナンドが陛下を支えます。きっと私の兵が私欲にまみれた不忠者から陛下をお守りするでしょう」
普通の者ならば、間違いなく騙せるほど精巧にできた表情、私欲を隠した声、そう、普通人ならば確実に騙せるモノだった。
エバは、ついに最後まで甘える事の出来なかった両親の姿を今一度見直して、彼女の総身が破壊衝動で爆発した。
エバが手を一振りすると、アーバスの肉体が四散した。
背後でドアが開く音とアダムの声がする。
「エバ、ここはもうダメだ、早く僕と避難をしよう……エバ?」
刹那、エバは窓の外に飛び出し、自ら城下町に降り立った。
周囲の兵が彼女の存在に気付くのと同時に、エバの金色の瞳が紅い死の眼光を放つ。
紀元前一万年、世界最古の文明は滅んだ。
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