第40話 必中の刃(ガルバニール)


「おもしろい」


 恐いほどに嬉しそうな声を出すベータに龍斗も拳を作って応える。


 唸り声を上げなら襲い掛かる野獣に龍斗も床を蹴った。


 野獣と武人の爪と拳、ツノと蹴りがなんども交差し、互いが互いを殺さんと肉迫する。


 いくら人間が鍛えても熊や虎といった猛獣には勝てない、カイン同士なら条件は同である、武人たる龍斗は猛獣となったベータに肉弾戦では勝てないようにも感じるが、龍斗は持ち前の無限瞬速再生(アンリミテッド・リボルス)のおかげで、人間の武人とは比較するのも馬鹿らしいほどの肉体完成度と技術を持っている。


 確かに、現段階ではベータの優勢ではあったが、龍斗の精神は余裕で満たされていた。


 何せ龍斗はまだ攻撃と防御の技しか使っていないのだから、第三の技が残されている上に、龍斗には野獣が持つ覇気が効かず。まるで恐れる必要が無かった。


「ヴォオオオオッッ!!」


 誰もが震え上がる咆哮を上げながら鋭いツノや牙、爪を振りかざす怪物を見て、龍斗は暴走状態の紗月を思い出す。

(迫力に欠けるな)


 怪物の爪が龍斗の肉を裂き、暴走状態の紗月の一撃を思い出す。

(あれに比べたら全然軽い)


 容赦なく殺しに掛かる野獣の姿と、暴走した紗月を重ねると、笑ってしまうほどにベータが弱く、脆弱な猫に見えてしかたなく、龍斗は確信した。


「ベータ、確かにお前は強い……でも……」


 龍斗の持つ第三の技が発動する。


「紗月よりもずっと弱いッ!」


 武神の拳が魔獣の腹部に抉り込み、ベータは動きを止めた。


 人の拳が猛獣を怯ませる、その事実にシグマと目を覚ましたグザイの表情が固まった。


 人間に殴られて逃げる猛獣はいるが、あれは突然の事態に驚いて逃げたにすぎず、ダメージは皆無である。


 だが龍斗の拳は分厚い筋肉に守られたベータの腹に決定的な苦痛を与えた。


 骨格と筋肉の付き方が人間と違うため、組み技は使えない、ならばと龍斗はベータの顔面を殴り、脇腹を蹴り、打撃の連続技を繰り出す。


 今の龍斗は筋力面でベータに限りなく近づいていた。これが第三の技である。


 龍斗が常軌を逸した精神修行によって会得したのは脳内のコントロール。


 人の脳は自らの力で骨が砕けないよう、筋肉の力を本来の二〇パーセントにまで抑えており、緊急時にのみこれを開放するよう出来ている。俗に言う火事場の馬鹿力である。


 龍斗はこれを自分の意思で調節できるのだ。龍斗の筋力は今までの五倍、こんな状態で戦えば骨は折れ、筋は切れるが龍斗には究極の再生力がある。


 つまりは……やりたい放題なのである。


 続いて瞬発力強化物質(アドレナリン)と集中力強化物質(エンドルフィン)といったホルモン類を最大開放、これも常人なら神経が耐えられないほどの量を分泌するが再生力でカバーする。


 肉体の破壊と再生を繰り返し、総身を激痛が襲うがそんなものは気合で捻じ伏せる。


 ベータは吐血し、体をよろめかせながら歓喜に笑った。


「すごいですね、これならボクもホンキが出せマスッ!」


 後半は人の声帯から発している声ではなかった。


 猛獣でいうところの狩りの状態、ベータも龍斗と同じく、ただし彼の場合は自らの意思ではなく、自然に筋肉のリミッターが外れかかり、アドレナリンが分泌された。


 人と獣、それぞれの超雄同士が血飛沫(ちしぶき)を上げながら、だが僅かに笑っているようにも見える、この地球上に雄という概念が存在した時から生まれ、数億年間退化することの無かった。おそらくは雄の最も根幹の部分を占める闘争本能が理性を吹っ飛ばして猛り狂う。


 拳が敵を穿ち、爪が敵を裂く。


「はあぁあああッ!!」

「ヴォオオオオッ!!」


 しかし、最強レベルの対決は龍斗の優勢で流れが固まり始めた。

 無限のスタミナを持つ龍斗が後半ほど有利になるのは当然だったからだ。


「クソォッ! 獣王たるこのボクがっ! 最強の野生と暴力が負けるナンテッ!」

「悪いが俺はお前以上の暴力と何度も戦っている、獣王が聞いて呆れるな」

「そんな奴いるわけネエだろうッッ!!」


 咆哮する魔獣に、龍斗は必殺の一撃を決めるためにわざと左肩を噛ませる。肉を切らせて骨を断つ、無防備に晒されたベータの喉に、龍斗は指の第二関節を突き立てた拳を放つ。


 これで終わる。人対獣の超雄同士対決は人の勝利で幕が下りるはずだった。


 なのに、その決着に一つの声が割って入る。


「龍斗君……?」

「紗月!?」


 最も大切な人の予期せぬ登場が神拳を狂わせ、喉から少しズレた攻撃は魔獣を殺すには至らなかった。


 どうしてここにいるのか問う前に紗月の異変に気づく、それは暴走前の兆候であった。


 荒い息、開いた瞳孔、そして今、彼女の黄色い瞳が魔性の紅へと変わり龍斗の名を叫ぶ。


 勝つためにわざと龍斗が噛ませたなど知るはずもない紗月から見れば、自分のために戦地へ行った龍斗が化物に食べられているようにしか見えなかったのだろう。


 紗月から溢れ出す覇気が強まるごとに紗月の咆哮は獣のソレに変わり、床を抉り駆けた。


 その姿にベータは龍斗を口で投げ飛ばして紗月に飛び掛かる。


「邪魔するんジャネエッッ!」

「駄目だ、逃げろッ!」


 龍斗の言葉は間に合わない、ベータはたった一撃でその巨体を宙に浮かされ、壁に叩き付けられてから間髪いれず紗月にマウントポジションを取られて殴られ続ける。


「ちょっとあんた、あの化物はなんなのよ!?」


 意識を取り戻したグザイが龍斗に詰問し、龍斗は歯噛みして応える。


「来たんだよ、最強の暴力がな……」

「「……!?」」


 龍斗の返答には、感情の少ないシグマでさえ驚きの色を隠せなかった。


「アァァアアアアアッッ!!」

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