第39話 熱の支配者(ヒート・バンカー)
Eビル、九六階には円形のホールがある、何本もの廊下と繋がっているホールの壁際には自販機と休憩用のイスやテーブルが並んでいる。
日中は疲れた会社員達で埋め尽くされるはずのイスは全て空席、そしてこのホールで活動する存在はたったの四つ、そのうち三つが激しく活動していた。
ただの生物ならいいが、問題は全員がカインであることだ。
龍斗の分析結果、今龍斗と直接殴り合いの死闘を演じている男の名はシグマ、年齢二〇歳前後、体格は龍斗にやや勝る。
服は上下とも灰色で、下はゆったりとしたズボン、上はタイトなノースリーブのおかげで鍛え抜かれた筋肉が伺える。短髪で左の頬に火傷の跡があるが弱点ではなさそうだ。
厄介なのは彼の能力、熱の支配者(ヒート・バンカー)、手で触れた物体から自在に熱を取り出し体内に溜めて、その熱を逆に与えることも出来る。
あまり長時間触られると全身の細胞を全て凍傷で破壊される恐れがある。
流派はキックボクシング、これだけなら手に触れなければよいのだから接近戦最強の龍斗ならなんなく倒せる、そもそも龍斗相手に武で挑むというのが愚の骨頂なのだ。
だがそれを許さないのが二人目のカインだ。
少し離れた所から二人の戦いを観察し、嫌味な笑いを浮かべる赤いスーツ姿の女、グザイである。
赤毛のロングヘアーを揺らしながら小刻みに笑い、会った時から見下したような目を変えようとはしない。
彼女の能力は次元を超える必中の刃(ガルバニール)、驚いたことに好きな空間から刃を高速で出し入れできるときた。
ローが持っていた不可視の魔手と違い、触手ならではのトリッキーな動きこそないのだが、なんの前触れもなく目の前、もしくは死角から突然刃が飛び出すのだから不可視の刃よりもタチが悪い。
シグマ自身のキックボクサーとしての実力は達人の域に到達しているが、それにグザイの刃が加わり、龍斗の動きを制限している。
それでも、足元に多数の刃を出されてロクな足捌きが出来ないにも関わらず、ややシグマを圧倒する龍斗の実力には驚嘆するべきだろう。
最後のカインは能力不明、なにせ最初から今にいたるまで何もせず、ただだまって監察に徹し続けているのだから仕方ない。
痩身中背、幼く、中世的な顔をした美少年で学校の制服なのか、ブレザーを着ている。
ただし、雰囲気だけなら他の二人よりも遥かに不気味だ。
二人に戦わせ、自分は見ているだけというのもだが、なによりも彼の作り物のような笑顔が気に食わない。
腹のなかでは誰かを憎んでいるようであり、見下しているようでもあり、もしかしたら悲しんでいるのかもしれなく、ともかく、負の感情を隠すために笑みを象(かたど)った表情をしているのが龍斗には分かった。
そして戦いが始まってから一〇分後、機械的なシグマを相手にしていたせいで寡黙になっていた戦いは、龍斗の冷たい声で割られた。
「悪いが終らせる」
シグマがその言葉を理解する間もなく、龍斗の体はシグマの拳とグザイの刃を避けてシグマの厚い胸板に双手を叩き込んだ。
まるで大型重機に追突されたような衝撃にシグマの長身が宙を舞い、壁に激突した。
その様子に驚き言葉を失ったグザイは龍斗がすぐ近くまできているのに気付かず、なんとか間に合った数本の刃も側面から殴り割られ、龍斗はその延長でグザイを殴り飛ばす。
しかし、数枚の刃を盾にしたことと彼女の体重が軽く、衝撃が後ろへ逃げ、すぐに起き上がったシグマがグザイを柔らかく受け止めて壁に激突しなかったという三重苦がギリギリのところで武神の拳に必殺を逃させた。
気を失ってはいるが、グザイはかすかに呼吸をしている。
「この一〇分でシグマ、お前のできることとできないことを計らせてもらった。それに空間から飛び出す刃にも脳が慣れた。もうお前らのコンビネーションは効かない」
龍斗の発言に対し、意識の無いグザイはともかく、シグマは眉一つ動かさずに応えた。
「例え俺の拳が届かなくとも任務はまっとうする」
「対した忠誠心だが、いくらお前がタフでもその女の補助無しじゃ無理だな、そろそろ、そっちのカインを出したらどうだ?」
シグマが反論しないのを確認すると少年は余裕のある足取りで龍斗の前に歩み寄った。
「ご指名ありがとうございます。僕の名前はベータ、僕が戦うと後ろの二人を巻き込んでしまう可能性があったので控えさせてもらいましたが、そうもいかないみたいですね」
ベータは、やや残念そうに嘆息を漏らして服を脱ぎ去った。
ブレザーの下に隠れていたのは金属製の鎧、龍斗がそれを確認すると突然ベータの手足が伸び、背中が盛り上がっていく。
「あなたが肉弾戦の使い手でうれしいですよ、せっかく、こんなにいい体があるのにカインの人達の戦い方ってなんか卑怯くさくて……」
言っているあいだにもベータの骨格は変わり続け、筋量は増大していく、長い爪に鋭い牙、長くて太いツノ、まるで二本のツノを有したライオンを二足歩行させたような姿になり、それに合わせて鎧も変形してベータは喉を鳴らした。
「やっぱり、戦いは肉体同士のぶつかり合いに限ります。これがボクの力、野獣形態(カルバス)ですよ……あなたはこれから、最強の野生に、最強の暴力に立ち向かっていただきます」
「おもしろい」
恐いほどに嬉しそうな声を出すベータに龍斗も拳を作って応える。
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