第37話 ラストステージ


 深夜一二時、戦支度を整え、戦地へ赴く龍斗を見送りに紗月が玄関まで来てくれるのだが、その顔には光がない、よくも考えてみれば真弥から今夜の任務の確認をされてから紗月は一度も笑っていなかった。


 学校にいる時も、そして今も、口数が少なく常に寂しさを漂わせている。


 原因は明らかであるが、戦わなければ紗月は一生、龍斗への罪の意識に苛まれてしまう。


 だが、龍斗が殺人衝動を抑える方法を見つけ、黒門会とアベル隊を壊滅させれば、紗月は安心した人生を送れると、龍斗はそう信じている。


 それで一時的に、現に今、紗月がいつも以上に落ち込もうとそれは仕方のないこととして割り切っているのだが、やはり良い気分はしない。


「じゃあ……気をつけてね……」

「………………」


 表情の曇った紗月の言葉に龍斗は足を止め、ドアの方を向くのを踏み止まった。

視線が合わさると紗月が動揺する。


「どっ、どうしたの? 龍斗君」ジッと見つめてくる黒い双眸に紗月の顔がやや赤らむ。


 気分の晴れない紗月に龍斗は結局、本当に簡単なことしか思いつかなかった。


「俺を信じろ」


 たった一言だった。本当に簡単で単純、でも、だからこそ紗月の胸の最深部まで語りかけられた。


 その言葉で紗月の顔にかかっていた雲が晴れていく。


 今回の戦いは辛いものになるだろうし、無事でいられる保障なんて誰もできるはずがない、それでも、龍斗は信じて欲しかった。


 紗月に笑っていて欲しくて、自分が戦うことで、暗い気持ちになって欲しくなかった。


 だから紗月も、自分のために戦ってくれる家族が辛い思いをするのは悲しいが、無事で帰ってくることを信じた。


「うん、朝までには帰ってきてね」

「あたりまえだ」


 やっと見せてくれた紗月の笑顔に、龍斗もまた、笑顔で返す。

 短い別れの後に、龍斗は夜の町へと姿を消した。






 黒門会のメインビルの一つであるEビルで、突如として非常事態宣言が発令された。


 厳戒態勢を取ったビルは全ての警備兵と兵器を起動させて敵を迎え撃つ準備をする。


 ただの一侵入者になぜそこまでと、普通の人間は疑問に思うだろう。


 確かに、ただの侵入者なら武装した兵で事足りるが、相手が人外となれば話は別だ。


 鉄柵を派手に破壊し、粉塵を撒き散らしながら猛進するヒトガタの生物には武装した兵など、足止めにしかならないことをこの会社の警備主任は知っている。


 門からビルの入り口までに多数用意された備え付けの銃器はソレに狙いを定めることもできず。ヒトガタは会社の扉を体当たりで貫いた。


 その正体は当然のことながら、全身を黒いコスチュームで覆った水守龍斗である。


 眼前に立ちはだかるのは、武装した兵士は当然で、数え切れないほどの自立型兵器に有人型兵器の軍勢、それらの装備が灼熱の咆哮を上げて鉄と爆薬の突風を吹き荒らす。


 それでも龍斗は臆することなく真っ向から突貫する。


 龍斗の肉体を他のカインと同列に考えてはいけない、暴走した紗月との戦いを幾度となく乗り越えた彼の肉体の強度は他者の数倍以上、カインの肉体を傷つけられる対戦艦用レールガンも、龍斗に対しては薄皮一枚を破ることも叶わない。


 ロケットランチャーなどの爆薬系も同じだが、爆発の煙で多少なりとも視界が妨げられるのは気に入らない、だがソレらの進行速度は弾丸にはるかに劣る。そんなものは龍斗からすれば街中(まちなか)の歩行者を避けるのに等しい。


 その様子を監視カメラで見ていた警備主任は驚きのあまり、息をすることすら忘れた。


 カインの戦闘力は前に見たことがある。


 まるでファンタジー映画に出てくるような異能の力で、次々に自慢の戦闘用ロボット達が倒される様を見せ付けられたが、龍斗のソレはあまりにも異質すぎる。


「……素手だと?」


 龍斗は超常的な異能力など使っていない、ただ単純に武芸の力を以って倒すだけ。


 鉄の嵐も、爆風の海も、全てを無視し蹂躙し尽くす圧倒的な肉体的戦闘力、進行方向上の敵を片っ端から蹴散らし突き進む武神は暴虐の限りを極めてエレベーターに近づくと床に腕を突き刺しエレベーターを持ち上げ、上に放り投げる。


 エレベーターで上がってきたところを狙い撃つつもりだった上の階の兵士は、目の前のドアからけたたましい轟音が鳴るのを聞いて驚きの声を上げた。


 どうしたんだとドアに近づけば階段のほうから聞こえてくるのは爆音の数々、凝視してから何秒もしないうちに最強の武神は階段をわざわざ上ってきて、引きずっていた有人兵器を無情に投げ飛ばした。


「一人残らずかかってこいッ!」


 龍斗の雄叫びに、悲鳴にも似た掛け声で兵士達は立ち向かい、そして死んでいった。


 いくら黒門会の広い敷地の中心にこの会社があるとはいえ、極端に騒げば怪しまれる。


 世間にカインのことを秘匿(ひとく)し、警察沙汰も免れなければならない黒門会は街の人間に悟られないようにするため、別の施設からの派手な増援を呼ぶことも出来ず。龍斗一人に数百人もの兵士を失うハメになった。


 ミッション開始から二時間後、一〇〇階建ての超高層ビルを八〇階まで攻略した龍斗は途中の階段で壁によしかかっている一輝と由加里の姿を見つけて足を止めた。


「飯島に天宮? ここで何やってるんだ?」

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