第35話 ロリに朝這いされる主人公


 深い眠りの底より、龍斗の意識は引きずり出される。


 言いようの無い悪寒、何者かが自分の部屋に汚れた気を持ち込んでいるのは明白だ。


 重い、馬乗りにされているのを半覚醒状態で認識して龍斗の目が開いた。


「ハァ ハァ ハァ」


 目を血走らせて凝視する人物に龍斗の視線が刺さる。


「真弥さん……何やってるんですか?」

「チィッ! 起きちゃったか! もうちょっと龍斗くんの寝顔見てたかったのに……」

「だから犯罪ですって」


 悪びれる様子もなく真弥は鼻を抑える。


「いやでも龍斗くんの寝顔ホント可愛いからさあ……鼻血出るかと思っちゃったよ……」

「朝起きたらベッドが血まみれになっているのはやめてくださいよ」

「朝だよ龍斗君、起き……て……」


 話を区切るようにドアを開けた紗月の目に映ったのは馬乗りを通り越していつのまにか龍斗と体を重ね合わせている真弥だった。


 引き離そうと真弥の両肩を掴んでいる龍斗の手も引き込んでいるように見えなくも無い。


「……おやすみなさい」


 儚げな表情でドアを閉める紗月に向けて龍斗が必死に手を伸ばす。


「って、紗月、勘違いするなッ! 真弥さん早くどけて!」


 数分後、紗月の誤解も解いて真弥を含めた三人の朝食が始まった。


「もう、紗月ちゃんなら全然起きないのにどうしてあたしだとすぐ起きるのかなぁ」


 今だ反省の色を見せるどころか下手をすれば次の作戦でも練っていそうな真弥に龍斗が溜息をついた。


「邪気にまみれているからじゃないですか? そういう輩の接近には敏感ですから」


 その返答に不満をあらわに頬を膨らませて、真弥は龍斗の肩をぼんぼん叩く。


「邪(よこしま)な気持ちなんてないもん、ただ龍斗くんの可愛い寝顔に興奮するだけだもん!」

「それを世間じゃ邪(よこしま)って言うんです……」

「なにおう」


 龍斗と真弥がバチバチと火花が散りそうな睨み合いをすると一筋の笑い声が入った。


「ふふ、真弥さんが来ると賑やかでいいですね」


 紗月の自然の笑みに真弥はエヘンと胸を張る。


「そうだよ、あたしは普段ナメクジ王国と化さんばかりの二人の部屋に乾燥剤を振り撒く妖精さんなのさ」


 嘯(うそぶ)く真弥に反応を示さず龍斗は問う。


「それで、一昨日来たばかりでどうしたんですか?」

「うお! 無視られた、まあ今夜のミッションの確認みたいなもんだよ、資料は部屋に置いておいたから学校から帰ったら見てね、それに忠告が一つ」


軽い表情を改め、真弥の視線が凄味を帯びる。


「今夜行くのは今まで潜入した施設の中でも最大最強の戦力を保持する場所、最新鋭の戦闘用兵器にもしかするとカイン三人を同時に相手にする可能性だってある。その分、情報も期待できるけど、ハイリスク・ハイリターンてやつだね」


「でも俺の異能の力があれば死ぬことは……」


「それが甘い! いくら龍斗くんでも全身を作る六〇兆個の細胞全てを一度に殺されたら死んじゃうし、なにかしらの方法で龍斗くんが拘束されたら紗月ちゃんを守る人いなくなっちゃうでしょ? まあその時はあたしが紗月ちゃんを引き取るけど、龍斗くんいなくなったら紗月ちゃん悲しむよ」


「それは……」


 自然と龍斗と紗月の視線が交わり、真弥の言ったことを想像したのだろう、無理はしないでと語ってくる紗月の眼差しに龍斗は何も応えられなかった。





 月曜の高校はカインの恐怖とは無縁の、安穏とした空気に包まれていた。


 休み明けでダラける生徒達には、ここ数年の間に起こっているカイン達による大量殺人事件の数々など知らないかのように緊張感が無い。


 戦時中とはいかなくても、少しは殺人犯の影に怯えてもよさそうなのだが、現代っ子の性(さが)なのか、少なくとも龍斗と紗月のクラスの連中はテレビで報道されるニュースやネット上での書き込みだけで、自分に被害が出ていない状態では特に気にする事はないのだろう。


 あってもせいぜい、門限が厳しくなって困る程度、他のクラス、学年の生徒が殺されたり失踪すれば噂になったり夜遊びを自粛するが、一週間もすればそれも無くなってしまう。


「おっ、夫婦仲良く登校か?」

「バカップルキター!」


 クラスメイトの挨拶を「アホか」の一言であしらって龍斗は着席するが、紗月と席が隣同士のせいで友人達の追撃は止まらない。


「いいなあ紗月は、あたしも殺人犯なんかどうでもいいから彼氏作る方法が知りたいよ」

「高校生にして彼女と同棲する水守殿は我々男子一同の誇りであります」


 羨ましげに紗月を見る女子と、自分にわざとらしく敬礼をする男子に言いようのない頭痛を感じながら龍斗は嘆息を漏らした。


 安息の地であった自宅でさえ朝っぱらから真弥に遭遇しテンションが下がっているというのに、何故こうまでも周りの人間は自分と紗月をくっつけたがるのか、思春期特有の無駄に逞(たくま)しい好奇心を怨みつつ龍斗は言葉を返す。


「あのなあ、前から言っているけど俺達は鈴村真弥っていう人に後見人、まあ養子みたいなもんで、同棲じゃない、家族構成で言うなら兄妹(けいまい)の関係だ」


 周囲の視線が痛い、ニヤニヤと笑いながら《嘘を言うな光線》に四方を囲まれ、四面楚歌の状態に耐え切れなくなった龍斗はやおら立ち上がると廊下へ出た。


 どこへ行くと質(ただ)すクラスメイトをジロリと睨んで「トイレ」と言い残して龍斗は去った。


「アハハ、いつもながら都合悪くなると逃げてくれるから助かるねー」

「ていうかさ、水守君いつもあんなこと言っているけど、本当に付き合ってないの?」


 本人達にも多少は自分達が勝手に盛り上げている自覚はあるのだろう。


 問い掛ける女子生徒の顔や声は、確認や、からかいの色が無く、純粋に疑問を投げかけているようにしか感じられなかった。


「そうだね」と言って、紗月の表情が陰る。


「もしも……龍斗君と付き合えたら、最高なんだけどね……」


 あまりに寂しげな表情に女子生徒の一人が突然、紗月に抱きつき頭を撫で始める。


「ああもう、紗月ってばホントに良い子ちゃんなんだから、つか紗月!」


 体を離すと今度は紗月の体を頭のてっぺんから順々に指して怒りを乗せた声で言う。


「あんたのその髪! 乳! 顔! 乳! 肌! 乳! なんでその最強装備を持っていながら男一人落とせないのアンタって子は!」


 相手の勢いに押されて紗月は思わず仰け反った。


「いや、でも確かに龍斗君とは付き合いたいけど、今のままで私は十分幸せだから、告白する気とかは全然で……それよりなんで胸だけ三回も言うの?」


 紗月の態度が気に障ったのか、問うた女子は眉間にシワを寄せて叫んだ。


「パシリ一号、水守を確保してこいっ!」


 それを合図にさきほど龍斗に敬礼をした男子が「ワン」と言って廊下へ飛び出した。


「そっ、それだけはやめてぇええええ!」


 今夜のミッションを考えれば、紗月にはこの状況すら嵐の前の静けさに感じれた。

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