第34話 回想編6


 孤児院を出てから一月後、龍斗は伊歩が用意してくれた武芸者と稽古をしていた。

白い拳が龍斗のみぞおちにメリ込む。


「ッッ!?」


 日常生活では有り得ない鋭痛、その後に襲い掛かる鈍痛、そのどちらも痛みの度合いが異常であった。


 比喩表現ではなく、内臓が潰れたと龍斗は感じる。


 間髪いれずに体が引き上げられ、すぐに急降下する。


 背中と後頭部が車に撥ねられたような衝撃で満たされる。


 悶え苦しむ間もなく続けて白い踵が喉を踏み潰し、龍斗は白目を剥いた。


「仰向けに倒れて止まるなんて喉を踏んで欲しいんですか? それに投げは自分の全体重がかかるため一般人がイメージするよりもずっと強いダメージを受けます。受身を取らないと命取りになりますよ」


 そう言って、白い燕尾服を着た見目麗しい男性は龍斗の体をサッカーボールのように蹴り上げ、鼻、顎、喉、水月に突きの連撃を浴びせる。


 本当に、意識が飛びそうな程強く、気が狂いそうなほど巨大な苦痛に龍斗は悶絶してしまう。


 限界までせり上がった横隔膜が肺を潰して呼吸は止まったままだ。


 相手の男性は銀縁のメガネを指でクイっと上げつつ、下半身は回し蹴りを放っている。


 右の回し蹴りで左へ飛ぶ龍斗の体へ左の回し蹴りを当て、今度は右へと飛ぶ龍斗の体に右の回し蹴りを当てる。


 そうやって倒れないよう左右から数え切れない程の蹴りを喰らわせて、龍斗の体が真下に落ちれば顎を蹴り上げ無理矢理立たせる。


「ほらどうしたんですか? これはスポーツではありません、実戦武術です」


 折れたアバラが肺や心臓に突き刺さる。


 口からは壊れたシャワーのように血が噴き出して折れた歯が一緒に道場の床に落ちた。


 壊れた箇所はすぐに再生を始めるが、紗月との戦い同様、破損箇所が修復される時には別の場所が壊れている。


「痛がれば敵が攻撃を緩めてくれるんですか? ダウンしたら敵が攻撃をやめてくれるんですか? 答えはNO、実戦においてはどちらも……」

男の瞳が闘気を帯びる「好機でしか無い!」


 男性の蹴りが龍斗の右側頭部を打ち払い、本人の意志とは無関係に龍斗の体が崩れ落ちる。


 その中で、龍斗は浮遊感に包まれながらも男性が自身に背中を見せている事に気付いた。


 刹那。

 グチャ

 そんな音がした。


 男性の左踵が龍斗の水月を的確に打ち抜く、そのまま筋肉と内臓を潰し、背骨を砕き、脊髄を切断した。


 最強の蹴り技、後ろ蹴りである。


 人体最大の筋肉、尻の大臀筋を使い放たれたヒジとヒザを越えし人体最強部分(カカト)は例え防具の上からでも人間を悶絶させる威力を持っている。


 それも達人の、そしてそれを防具も無く腹筋の緩んだ水月に直撃させられては、龍斗の体が耐え切れるはずも無かったのだ。


 痛みの量は人間の脳の許容量を遥かに超え、本来はショック死をする筈だったが、最強の補助能力、無限瞬速再生(アンリミテッド・リボルス)はそれを許さない。


 苦痛に喘ぎ苦しみながらまるごと死滅した内臓を再生させる龍斗を眺めながら、男性はあくまで穏やかに問い掛ける。


「痛いでしょう、苦しいでしょう、こんな事すぐにやめたいでしょう」


 涙を流し、嗚咽を漏らす龍斗は答えない。


「ですが、君の持つ能力は攻撃には使えません、もしも君が本気で紗月ちゃんを守りたいと思うなら自身の戦闘技術向上は必須」


 倒れる龍斗が歯を食い縛る。


「いつも言っている事ですが今日も言わせてもらいます。嫌になったらやめてください」

「ッッ……!」


 龍斗が震える拳を床に突き立て、闘志の宿る瞳で男性を見据えて立ち上がる。


「やめない!!」


 無限瞬速再生(アンリミテッド・リボルス)で肉体的苦痛が取り除かれようと、精神的苦痛やストレスが消えるわけではない。


 それでもなお立ち続ける少年に、男性は目を緩めて笑う。


「はい、それでこそ伊歩ちゃんが見込んだ子です。では……」


 男性の右足が床を蹴り、龍斗との距離を一瞬で縮める。


「続けますよ!」

「ハイッ!」


 燕尾服の男性と漆黒の少年、二人の拳が交差した。

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