第27話 素手の可能性は無限大


 何よりも極度の再生力は武術家にとっては戦闘以上に修行でその効果を発揮する。

 龍斗の無限瞬速再生(アンリミテッド・リボルス)は再生の基点を好きな状態に指定できる。


 彼が基点とした概念は、本人にとっての最高の状態。


人間は筋肉を使っていない時は筋力、瞬発力、柔軟性が衰え続け、使わなければ知識や技術も忘れてしまう。


 普通の武術家は、練習によって得られたプラス分と修行意外の時間帯に落ちたマイナス分の差し引きが結果として肉体に現れるのに対し、龍斗の体には退化という事象が存在しない、決して衰えず、老化という細胞の傷すら許さぬ肉体にマイナス分などあるわけもなく、龍斗の体はただ一方的に成長し続けるだけの最強の肉体となった。


 脳細胞が増える事はあっても減ることがなく、ニューロン同士の連結が切れることもない脳は見たモノ、聞いたモノなど、感じた全てをそのままに留め、覚えたことは何百年、何千年経とうと忘れない。


 よって、龍斗は一度覚えた技は練習する必要性がなく、常に新しい技に練習時間を割くことが出来る。


 これが龍斗を武神たらしめる最大要因、最強の脳はこの地球の歴史上に存在した全ての武芸の技術、知識を修め、成長しかしない最強の肉体はその全てを最高の状態で発動させられる。


 これだけでも十分だというのに、どこまでも都合の良いことに、この力を持つ龍斗は、武芸においては千年に一人の天才児でもあった。


 たった一人の家族を守るためにその身を修羅道に落とした龍斗は、まさに最高の精神と肉体、技と経験、努力と才能を兼ね備えた。究極の武神となった。


 接近戦ならば……おそらくは史上最強……それがこの男、水守(みなもり)龍斗(りゅうと)である。


「ちっくしょうッ! こんな奴に、家族のためなんて甘い野郎にこの俺がッ!」


 錯乱に近い怒声を張り上げるローの精神を徐々に恐怖が侵食していく、遠距離という安全地帯から誰にもバレず、誰の攻撃も受けず、一方的に命を刈り取ってきた彼にとって、己の魔手を破壊されながら敵が接近してくるなど経験したことのない事態なのだ。


「わわ、来るな来るなァッ!」


 龍斗の間合いに入り、ほとんど反射的に触手でガードしたが間に合ったのは二本、その二本を重ねるようにして龍斗の正拳突きを受けるも龍斗の拳は触手の盾を貫いてローのアバラを砕いた。


「ガハッ!」


 残りの触手を床に突き立て後方に跳躍、背後の窓からローは脱出した。


 ビルの屋上から屋上へ、触手を使って脅威の移動力を発揮しながらローは口から血を流し、悪態をついた。


「クソッ……あのクズ野郎、あんな化物と戦えるかっての……」

「遅かったな……」


 高く舞い上がった自分が次に着地するビルの屋上、そこに立つ黒い青年は見間違えるはずもない、水守龍斗である。


「なっ……なんで……?」


 冷や汗を流し、顔を引きつらせるローを、残酷な冷笑で龍斗は迎えた。


「お前の手よりも俺の脚力のほうが勝っていた。ただ、それだけだ」


 跳躍した龍斗が近づいてくる。


 残る全ての触手を動員するが逆に足場として使われてしまう。


 震えるローの頭を龍斗の両手が掴む、半泣き状態の顔には膝が迫る。


 刹那の時は、何百倍にも伸ばされたように感じた。


 死の間際に人間が助かる方法はないかと必死に考えるため起こる究極の集中力が原因だが、ローの脳内を支配していたのは助かる方法ではなく、たった一つの単語だった。


 ……死にたくない……


 己の快楽のためだけに虐殺の限りを尽くした青年は結局、最後の瞬間まで懺悔することなく、落としたスイカのように頭部は爆ぜ、脳髄を四散させながら首から上を失った肉体は屋上の端に叩き付けられた。


 ビクンビクンと見苦しく手足を痙攣させる遺体を見下し、龍斗は酷く無感動な声を口にする。


「お前は一つ勘違いをしている……俺は世間的には正義の味方じゃないし正義の味方のつもりもない、何せ家族の笑顔を守るために黒門会の人間を何百人も殺しているんだからなここにいるのは正義の味方でもなんでもない……たった一人の女のためならいくらでも人を殺すただのイカれた男さ」


 その答えに満足したように屍の痙攣は止まり、それを見届けると龍斗は深く息を吐き出した。


 カインの死体は放置しておいても自分の知り合いがなんとかすると真弥が言っていたので処理はそちらに任せ、龍斗はその場から姿を消した。

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