第25話 二人の出会い


「へー、じゃあ龍斗の野郎とは一〇歳からの付き合いなんだ」

「はい、あの孤児院に引き取られなかったら、私は龍斗君に会えませんでした」

「一〇歳かぁ、あともう二、三年前だったら幼馴染属性が付いたのに」

「属性?」


 一輝が由加里の頭にチョップを見舞って紗月に続けるよう促した。


「とにかく、私と龍斗君はその孤児院で仲良くなって、そうしたらある晩、急に黒い服を着た兵隊さん達が襲ってきました。あの人達の目的は私で、龍斗君は狙われていないんだから、私に構わず逃げればいいのに……その人達と戦ってくれて……」


 当初、龍斗の楽しい記憶に思いを馳せていた紗月は話すのが楽しくてしょうがないという雰囲気だった。

 だが、今ではその勢いが枯れ始め、声からは徐々に力が失われていく。


「龍斗君は……本当に優しすぎて、私は最後に残った、たった一人の家族だからって、ずっと私を守るって言って、私さえいなければ龍斗君は今ごろ戦いなんてしないで普通の、平和な高校生活を送れたはずなんです……」

「うんうん、いい話だねえ、さっちんは健気で良い子だよ」


 由加里は紗月に多い被さるようにして抱きつき、頭を何度も撫でた。


「あ、ありがとうございます、天宮さん」

「ボクも由加里でいいよ、さっちん」

「…………」


 素直どころかオーバーと言ってもいい反応の由加里、それとは相反して、一輝は腑に落ちない様子でしばし黙りこくってから紗月に問う。


「ねえ紗月ちゃん、目的が君ってことは、龍斗の奴は狙われなかったのかい?」


 その質問が意外だったのか、紗月はやや驚いた表情でなんとか応える。


「は、はい、みんな龍斗君は殺そうとして、私ばかりを狙っていました。龍斗君は私と違って孤児院に入ってから力を覚醒させたので、知らなかったんじゃないでしょうか?」

「殺そうと……戦ったなら兵隊達は龍斗がカインだってわかったはず……」


 一輝の疑問に紗月は急に口を閉ざし、うつむいてしまった。

 それに気付いた一輝が優しく、解きほぐすように声をかける。


「どうしたの紗月ちゃん、もしかして、理由知ってるとか?」


 話していいのかどうかは、正直迷った。アベル隊は龍斗の敵対勢力、その隊員に自分の情報を与えていいものか、だが、以前に会った大竹(おおたけ)力也(りきや)に比べて、一輝と由加里の二人は明らかに雰囲気が違う、敵意がなければ悪意もない、前回も、そして今回も戦いを仕掛けてはこない、何よりも、一番邪魔なはずの龍斗がおらず、殺人衝動を持ったカインが目の前にいるのに、まるで友達とでも話すような感覚で会話をするばかりで、一向に捕まえようとも殺そうともしない。だから紗月は、この二人には秘密を言ってもいい気がした。


「……誰にも言わないでくださいね」


 二人が頷いたのを確認してから、紗月は固い口を開く。


「私は……年をとらないんです……」

「「!?」」


 一輝と由加里は絶句した。老衰し、死ぬと赤子に戻って生き返る生物はいるが、老化自体しない生物などこの世にいない、それが生物界の常識だ。


 それが叶うならば、それこそ神秘としか言いようがない異能の力だろう。一輝がどういうことか詳しく尋ねる前に紗月は続けた。


「つまり、黒門会の人達の狙いはカインじゃなく、私の不老の力が欲しいんです」

「でっ、でもさっちん、カインの力って誰かに移せるの?」

「うん、このことを知る人は少ないんだけど、普通の人がカインを殺すと異能の力はその人に受け継がれるらしいの」

「にゃッ? そなの? ボクそんなの知らないよー」


 驚く由加里の反応に一輝が「そうか」と自分の顎をさすった。


「まあカインの情報は覚醒した時に頭に流れ込むけど、その量はカインによって差が生まれるからな、俺も知っていたけど、アベル隊の連中にカマかけてみても知ってるふうな奴は一人もいなかったぜ、それと、確かにその手を使えば紗月ちゃんの異能が手に入る。でも危険な賭けだな、その方法はあくまでも知識の上だけ、実際に異能を受け継いだ人間の報告はない、もしも殺人衝動まで受け継ぐなら大変だ」

「……ですよね」


 完全に元気を失ってしまった紗月の姿に一輝は頭をガシガシと掻いて切り出した。


「でもさ、よかったじゃん」

「何がですか?」

「だってよ、紗月ちゃんに人殺しの罪を犯させないよう自分が全ての攻撃受け止めるなんて、メチャ愛されてるじゃん」

「そうそう、青春より戦いの日々を選んででも、さっちんと一緒にいたいなんて、こんないい彼氏はいないよ」


 二人の言葉で紗月の顔が一気に染まり、両手で顔を隠す。


「りゅ、龍斗君は……彼氏じゃないです……かっ、家族です……」

「じゃあボクがもらっても良い?」


「ダメですッッ!」すばやく顔を上げて叫んでから、ハタと気付いてまた顔を伏せる。


「えと、それは龍斗君が決めることで、私が決めることじゃ……ないです……」


 長い沈黙、一輝も由加里もあえて喋ろうとしない、この沈黙を破るべきは紗月だと二人とも思っているからだ。


 そうして、ようやく紗月は辛そうに言葉を紡げた。


「……確かに好きです、私は、本当は龍斗君のことが大好きです。だって、あんなに優しくされたら、誰だって好きになっちゃいます。できれば、龍斗君の彼女にして欲しいです」

「じゃあコクってみたら?」

「ダメですよ、私には……龍斗君の愛を独占する資格がありません……」


 自分を責めるような言葉は続く。


「こんなにたくさんの迷惑をかけておいて、愛まで欲しいだなんて、重荷にしかならない私とずっと一緒にいて欲しいなんて……そんなの、許されません」


 自責の念に耐えられなくなったのか、後半は涙声で、紗月の太ももに雫が滴り落ちる。

「だからじゃねえの?」


 悲嘆に濡れた顔を上げて視線を合わせる紗月に、一輝は龍斗に似た穏やかさを乗せた声をかける。


「そうやって、紗月ちゃんが自分を責めるから、そんなことしなくていいように、カインの殺人衝動を抑える方法を探しているんじゃねえの? 紗月ちゃんと一緒にいたいから」

「そっ、それは……」


「ハイハーイ、由加里ちゃんもそう思いまーす、前にさっちんがプチ家出した時なんだけどね、クロちゃんてば本当に目付き悪くって、情け容赦なくって、本当に近づく人はみんな殺しそうな感じだったんだけど、さっちんの無事を確認したときの顔、超可愛いかったよ、あんな顔、誰にでも見せられるもんじゃないね、うん」


 思いがけない意見に当惑する紗月の頭を一輝が撫でる。


「男の俺から言わせればさ……あの朴念仁には、もうちょっと甘えてもいんじゃね?」

「そうだよ、まあ二晩を共にした由加里ちゃんの見解で言えばクロちゃんは甘えられるのが好きなタイプ」


 一輝のチョップが頭に、由加里の蹴りが顔に、それぞれクリーンヒット、二人は同時にベンチから落ちて転げ回った。


 ひとまず自分のことは棚の上にあげて置いて、紗月はこの二人の相性は良い気がした。

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